年末年始に実家へ行かない家庭が増えている理由

年末年始が近づくと、どこかそわそわする気持ちになります。
「今年は実家に帰る?」
「帰らないって言ったら、どう思われるかな」
私自身、子どもが生まれてから毎年のように、この問いに悩んできました。移動の大変さ、準備の負担、親との関係、夫婦のすれ違い。以前は当たり前だった“帰省”が、いつの間にか重たい選択肢になっていたのです。
最近は、年末年始に実家へ行かない家庭も珍しくありません。この記事では、私自身の体験を交えながら、なぜ「行かない」という選択が増えているのか、その背景と向き合い方を整理してみました。
年末年始に実家へ行かない家庭が増えている背景
昔より「帰省=当たり前」ではなくなった
私が子どもの頃は、年末年始になると親戚一同が集まり、にぎやかに過ごすのがごく自然な流れでした。大人も子どもも「この時期は実家に行くもの」という共通認識があって、疑問に思うことすらなかった気がします。
でも今は、家族の形も、働き方も、大きく変わりました。共働き家庭が増え、普段から仕事・家事・育児に追われている中で、年末年始の休みを「移動や気遣いの時間」ではなく、「心と体を回復させる時間」として使いたいと考える人が増えているように感じます。
私自身も、子どもが生まれてから「休み=休めるわけではない」現実を強く感じるようになりました。帰省すれば楽しい反面、移動の疲れ、生活リズムの乱れ、気を張る時間が続きます。その経験を重ねる中で、「今年は行かない」という選択肢が、少しずつ現実味を帯びてきました。
「行くのが当然」という空気が薄れたことで、帰省は“義務”ではなく“選択”として考えられるようになった。これは、家族を大切にしなくなったからではなく、今の暮らしに合った形を模索するようになった結果だと思います。
SNSや周囲の声で価値観が広がった
以前なら、「年末年始に帰省しない」と口にすること自体、少し勇気が必要だったように思います。どこか後ろめたさがあって、「ちゃんとした家庭じゃないと思われるかも」と不安になることもありました。
でも最近は、SNSで
「今年は家でのんびり過ごします」
「帰省はせず、家族だけの年末年始です」
といった投稿を目にする機会が増えました。そんな言葉を見たとき、私は正直、少しホッとしたのを覚えています。
昔なら表に出にくかった選択肢が、今は自然に共有されるようになったことで、「自分だけじゃない」と感じられる安心感が生まれています。周りの声や体験談を通して、「こういう過ごし方もあっていいんだ」と思えるようになるのは、とても大きな変化です。
また、身近な友人やママ友との会話の中でも、「今年は帰らないよ」「別の時期に行くことにした」という話を聞くことがあります。そうしたリアルな声に触れるたびに、年末年始の過ごし方は本当に家庭ごとで違っていいのだと実感します。
価値観が広がった今だからこそ、周囲と比べすぎず、「わが家にとって無理のない形」を選びやすくなってきているのかもしれません。
子育て世代が感じる「帰省のしんどさ」
移動と準備の負担が想像以上
小さな子どもを連れての長距離移動は、想像している以上に体力と気力を使います。オムツ、着替え、ミルクやおやつ、ぐずったときのためのおもちゃ。
「念のため」に詰め込んでいくと、気づけば荷物はパンパンです。
出発前からすでにバタバタしていて、「忘れ物はないかな」「この時間で間に合うかな」と頭の中はフル回転。移動中も、泣いたらどうしよう、トイレはいつ行けるかなと、気が休まる瞬間はほとんどありません。
私自身、帰省初日の夜にすべてが終わったように布団に倒れ込み、「これって、本当に休みなんだろうか」と天井を見つめたことがあります。
年末年始は休みのはずなのに、普段より疲れている。その感覚に、言葉にできない違和感を覚えました。
子どもの生活リズムが崩れやすい
実家で過ごす時間は、ありがたいこともたくさんあります。でもその一方で、どうしても生活リズムは崩れがちです。
寝る時間が遅くなったり、食事のタイミングがずれたり、大人の予定に合わせて子どもが動く場面も増えます。
その場では楽しそうに見えても、帰宅してから数日、子どもの機嫌が不安定になることがあります。夜泣きが増えたり、些細なことで泣いてしまったり。
そんな様子を見ていると、「あの帰省、少し無理をさせてしまったのかな」と、後から胸がチクッとすることもありました。
子どもにとっての安心は、慣れた環境といつものリズム。
その大切さを実感するほど、「毎年必ず帰省しなければならないのかな」と、立ち止まって考えるようになったのです。
実家との関係が理由になることもある
気を使いすぎてしまう
どんなに関係が良好でも、親世代と今の子育て世代では、どうしても価値観にズレが生まれます。
「まだ寝ないの?」
「それだけで足りるの?」
そんな何気ない一言に、思っている以上に心が揺れることがあります。
相手に悪気がないと分かっているからこそ、言い返せず、笑顔で「ありがとう」と返す。でも内心では、「ちゃんと考えてやっているのに」と小さくため息をついている自分がいました。
帰省中は、子どものことだけでなく、親の期待や空気も気にしてしまい、常にアンテナを張っている状態になります。
“くつろぎに行っているはずなのに、気を張り続けている自分”に気づいたとき、年末年始の帰省が少しずつ負担になっていったのを覚えています。
会話や空気に疲れてしまう
年末年始は親戚が集まりやすく、自然と会話の輪も広がります。話題は子育て、仕事、住まい、将来のこと。
「次は二人目?」
「仕事は順調?」
そんな質問に、深い意味はなくても、心がざわつく瞬間があります。
他の家庭の話を聞いて、比べてしまったり、自分の選択が間違っているように感じてしまったり。
その場では笑っていても、後からどっと疲れが押し寄せることもありました。
以前は、「行けば楽しいはず」「せっかくの機会だから」と自分に言い聞かせていました。でも振り返ってみると、その“べき”の意識こそが、自分を追い詰めていたのかもしれません。
楽しい時間がゼロではなくても、疲れが大きく上回るなら、一度立ち止まって考えてもいい。そう思えるようになったことが、帰省との向き合い方を変えるきっかけになりました。
「行かない選択」への罪悪感との向き合い方
親不孝なのでは、と悩む気持ち
年末年始に実家へ行かないと決めた年、私はなかなかそのことを切り出せず、何度もスマホを握りしめていました。
「寂しがるかな」
「冷たいって思われるかな」
そんな考えが頭をぐるぐる回って、連絡するタイミングを逃してしまったのを覚えています。
帰省しない=親不孝、という気持ちは、私たちの中にとても深く根付いています。特に年末年始は“家族が集まるもの”というイメージが強い分、「行かない」と言うだけで、自分が悪いことをしているような感覚になりがちです。
でも、勇気を出して理由を伝えてみると、返ってきたのは意外な言葉でした。
「そんなに大変なら、無理しなくていいよ」
その一言で、張りつめていた気持ちがふっと緩んだのを今でも覚えています。
自分が想像していたほど、相手は責めていないことも多い。
罪悪感の多くは、実際の反応よりも、自分の中の思い込みから生まれているのかもしれません。
自分の家庭を守る判断と考える
「行かない」という選択は、逃げでも怠けでもありません。今の生活、今の体力、今の家族の状態を見つめたうえでの、ごく自然な判断です。
私自身、その視点に切り替えられるようになってから、心が少しずつ軽くなっていきました。
無理をして帰省して、親の前では笑顔でも、家に戻ってからどっと疲れが出る。その状態が続くことのほうが、家族にとってはしんどいのかもしれません。
自分たちの家庭が穏やかでいられることも、立派な家族への配慮だと、今は思っています。
行く・行かない、どちらが正解ということはありません。ただ、「誰のための年末年始なのか」を考えたとき、自分たちの暮らしを優先する選択があってもいい。
そう受け止められるようになると、罪悪感は少しずつ和らいでいきました。
無理のない年末年始の過ごし方アイデア
別の時期に帰省する
我が家では一度、年末年始をあえて外し、1月下旬に帰省したことがあります。正直に言うと、「こんなに気持ちが楽なんだ」と驚きました。
道は空いていて移動もスムーズ。実家でも予定を詰め込みすぎることなく、ゆったりとした時間を過ごせました。
年末年始はどうしても行事や来客が重なり、気を使う場面が増えがちです。でも時期をずらすだけで、会話も空気も穏やかになります。
「年末年始に行かなければならない」という思い込みを手放すことで、帰省そのものが負担ではなく、楽しみに近づくこともあると感じました。
オンラインや電話でつながる
帰省しない年でも、まったく顔を見せないわけではありません。ビデオ通話で子どもの顔を見せたり、少し話をするだけでも、思っている以上に喜んでもらえました。
画面越しに「大きくなったね」「元気そうで安心したよ」と言ってもらえるだけで、こちらの気持ちも温かくなります。
長時間でなくても構いません。短い時間でも、「気にかけている」という気持ちはちゃんと伝わります。
無理をして直接会うことだけが、つながりではない。そう実感できたことで、年末年始の選択肢がぐっと広がりました。
自宅で家族だけの時間を大切にする
帰省しない年末年始は、最初は少し落ち着かない気持ちもありました。でも実際に過ごしてみると、家族だけで過ごす時間の心地よさに気づきました。
一緒に料理をしたり、テレビを見ながら笑ったり、子どもとゆっくり遊んだり。特別なイベントがなくても、穏やかな時間は自然と生まれます。
忙しい一年を終えて、「今年もお疲れさま」と言い合える時間。
その何気ないひとときこそが、家族にとって大切な年末年始なのかもしれません。
無理に何かをしなくても、家で過ごすだけで、十分に意味のある休みになると感じています。
周りの目より「自分たちの基準」を大切に
正解は家庭ごとに違う
年末年始の過ごし方に、「これが正解」という形はありません。毎年帰省する家庭もあれば、行かないと決めている家庭もある。そのどちらが良い・悪いということは、本来ないはずです。
それでも私たちは、周りの家庭や世間の空気と比べてしまいがちです。
「みんな帰っているのに」
「行かないなんて、変に思われないかな」
そんな気持ちがよぎることもあります。
でも大切なのは、周囲にどう見えるかではなく、「私たちはどう過ごしたいか」を家族で共有できているかどうかだと、私は思います。
子どもの年齢、体力、仕事の状況、家族関係。条件は家庭ごとにまったく違います。同じ選択をする必要はありません。
迷っているなら、一度立ち止まって考える
帰省するかしないか、すぐに答えを出さなくても大丈夫です。今年はどうしたいのか、来年はどうするのか。今の気持ちを、夫婦や家族で静かに話してみるだけでも意味があります。
「本当は少し休みたい」
「今回は無理しないほうがいいかも」
そんな本音を言葉にすることで、自分の中でも考えが整理されていきます。
決断そのものよりも、話し合う過程が大切なのだと感じています。
立ち止まって考えている時間そのものが、すでに家族を大切にしている行動。そう思えるようになってから、周りの目に振り回されることが少なくなりました。
どんな選択をしても、自分たちが納得できていれば、それでいい。年末年始は、家族が少し安心できる時間であってほしいと、私は思っています。
まとめ|年末年始に実家へ行かない選択も大切な判断
年末年始に実家へ行かない家庭が増えているのは、決して冷たくなったからでも、家族を軽んじているからでもありません。
それぞれの家庭が、今の暮らし、今の体力、今の家族関係を丁寧に見つめ直した結果として、自然に選ばれている選択だと、私は感じています。
子どもが小さい時期は特に、移動や環境の変化が大きな負担になります。仕事や家事で普段から余裕が少ない中、年末年始まで無理を重ねる必要はありません。
「行かない」という決断は、家族を大切にしたいという気持ちの延長線上にあるものです。
もし今、帰省について悩んでいるなら、
「無理をしていないか」
「本当はどう過ごしたいか」
この二つを、静かに自分に問いかけてみてください。誰かの期待や世間の常識ではなく、自分たちの感覚を基準にしていいと思います。
完璧な答えを出そうとしなくても大丈夫です。今は決めきれなくても、考え続けていること自体が、すでに家族を思っている証です。
あなたの家庭にとって、少し心が軽くなる年末年始の形は、必ず見つかります。














