運動会が近づくと、少し憂うつになることがあります。理由は「場所取り」。早朝から並ぶ、レジャーシートを広げる、周りを気にする……正直、私はそれがどうしても苦手でした。でも、周りを見渡すと、みんな当たり前のようにやっている。
「場所取りしたくないなんて、やる気がない親だと思われるかな」
そんな不安を感じたことがある方も多いのではないでしょうか。

この記事では、運動会の場所取りをしたくないと感じる親の本音と、その気持ちとの向き合い方について、私自身の体験を交えながらお話しします。無理に頑張らなくても、子どもを大切にする方法はちゃんとある。そう感じてもらえたらうれしいです。

運動会の場所取りをしたくないと感じた理由

私が場所取りをしたくないと思う一番の理由は、気力と体力の問題でした。
仕事と家事で平日は精一杯。やっと迎えた休日なのに、運動会の日だけは早朝から動かなければならない。その現実を思うと、楽しみよりも先に「しんどさ」が浮かんでしまったんです。

運動会は、子どもの成長を感じられる大切な行事だと分かっています。
それでも、親の負担が大きくなりすぎると、気持ちがついていかなくなるその感覚を、私は何度も経験しました。

早朝から並ぶことへの抵抗感

まだ薄暗い時間に目覚ましで起きて、慌ただしく準備をして、校庭へ向かう。
その時点で、もう一日分のエネルギーを使い切ったような気分になっていました。

「ここまでしないと、ちゃんと応援できないのかな」
「場所を取らなかったら、後悔するのかな」
そんな問いが頭の中をぐるぐる回りながら、列に並ぶ時間は決して楽しいものではありませんでした。

運動会は長丁場です。午前中だけで終わらないことも多く、暑さや人の多さも重なります。
朝から無理をすると、その後の競技を見るころには余裕がなくなり、肝心の場面を心から楽しめなくなってしまう。
そんな経験を重ねるうちに、「早起きして並ぶこと自体が、私には合っていないのかもしれない」と感じるようになりました。

場所を取ること自体が苦手だった

もう一つ大きかったのが、場所取りという行為そのものへの苦手意識です。
ブルーシートを広げる瞬間、なぜかとても緊張してしまうんです。

隣との距離は近すぎないか、通路を塞いでいないか、後から来た人に嫌な顔をされないか。
周囲の視線を気にしているうちに、「ちゃんと取れているかな」「これで大丈夫かな」と落ち着かない気持ちが続きました。

運動会が始まる前から、頭の中は気遣いでいっぱい。
本来なら、子どもが走る姿や表情を楽しみにしているはずなのに、楽しむ前に心が疲れてしまっている自分に気づいたとき、少し虚しくなりました。

場所を取ることが得意な人もいますし、楽しめる人もいると思います。
でも、私にとっては「頑張らないとできないこと」。
そう感じた時点で、無理に続けなくてもいいのではないか、という考えが芽生え始めました。

「やらない親」と思われる不安との葛藤

場所取りをしない選択を考えたとき、真っ先に浮かんだのは「周りからどう見られるか」という不安でした。
自分の気持ちよりも、先に他人の視線を想像してしまう。その感覚は、きっと私だけではないと思います。

運動会は親同士が集まる場でもあります。だからこそ、無意識のうちに「ちゃんとしているか」「浮いていないか」を気にしてしまい、選択そのものが重たく感じていました。

周囲の視線が気になった瞬間

実際、他の保護者が次々とブルーシートを広げている中、手ぶらで校庭に入ったとき。
あの独特の空気は、今でもよく覚えています。

「場所取りしなかったんだね」
誰かに言われたわけではないのに、そんな声が聞こえてくる気がして、少しだけ肩身が狭くなりました。

本当は、誰もそこまで他人を見ていないのかもしれません。
それでも、「ちゃんとしていない親だと思われないかな」「子どもがかわいそうだと思われないかな」と、頭の中で勝手に評価を作り上げてしまうんです。

その不安は、世間体を気にしているというより、子どもの立場を思いやっているからこそ生まれたもの
今なら、そうはっきり言えます。

自分を責めてしまった気持ち

場所取りをしない理由は、体力や気力の問題だと分かっていました。
それでも心のどこかで、「本当は楽をしたいだけなんじゃないか」「親として手を抜いているんじゃないか」と、自分を責めてしまう気持ちがありました。

周りが頑張っているように見えるほど、その思いは強くなります。
「みんなやっているのに、私だけやらない」
その事実が、罪悪感に変わっていったのだと思います。

でも、後から振り返ってみると、その葛藤こそが、子どもを大切に思っていた証でした。
迷いながら、悩みながら、それでも最善を探そうとしていた。
何も考えずに手を抜いていたわけではなかったんです。

「やらない」という選択は、無関心の表れではありません。
悩んだ末に選んだ行動なら、それは立派な親の判断だと、今は思えています。

場所取りをしなかった運動会で気づいたこと

ある年、思い切って場所取りをしないまま運動会に参加しました。
正直に言うと、当日の朝まで不安は消えませんでした。「やっぱり取っておけばよかったかな」「後悔しないかな」と、何度も考えたんです。
それでも、そのまま校庭に向かってみて、実際に一日を過ごしてみると、想像とは少し違う気づきがありました。

見え方は想像より悪くなかった

確かに、最前列の特等席ではありません。
でも、子どもの出番ごとに立ち上がれば、走る姿や表情はきちんと見えましたし、名前を呼ぶ声もちゃんと届きました。

何より驚いたのは、周りの雰囲気です。
歓声や拍手、応援の声が自然と一体になって、場所が遠いという感覚があまり気にならなかったんです。

「ちゃんと応援できている」
そう感じられた瞬間、ずっと抱えていた不安が少しずつほどけていきました。
完璧な位置にいなくても、気持ちは十分伝わる。その実感は、私にとって大きな安心材料になりました。

子どもは親の場所を気にしていなかった

運動会が終わった帰り道、何気なく子どもに聞いてみました。
「ちゃんと見えてた?」
内心では、「見えにくかった」と言われたらどうしよう、と少し構えていたと思います。

でも返ってきたのは、「うん!来てくれてたの分かったよ」という、あっさりした一言でした。
場所のことも、距離のことも、子どもにとっては大きな問題ではなかったんです。

その瞬間、肩に入っていた力がすっと抜けました。
私が気にしていたのは、親としての体裁や周囲の目ばかりで、子どもの感じ方を後回しにしていたのかもしれません。

子どもが求めていたのは、いい場所ではなく「見に来てくれた」という事実
そのことに気づけたのは、場所取りをしなかったからこそ得られた、大切な発見でした。

場所取りをしない選択はわが家に合っていた

場所取りをしないと決めてから、運動会に対する気持ちが少しずつ変わっていきました。
「ちゃんとやらなきゃ」というプレッシャーが減ったことで、運動会そのものを前向きに受け止められるようになったのです。

無理をしない選択は、決して消極的なものではありませんでした。
結果的に、わが家にとっては心にも体にも負担の少ない、ちょうどいい関わり方だったと感じています。

親が余裕を持てると空気が変わる

朝から場所取りのためにバタバタしなくていい。それだけで、気持ちの余裕がまったく違いました。
時間に追われることなく、子どもの身支度を見守りながら、「今日は楽しんでおいで」と声をかけられる。

以前は、どこか焦った気持ちで送り出していたのが、自然と笑顔になっている自分に気づきました。
親が落ち着いていると、その空気はちゃんと子どもにも伝わる
運動会当日の子どもの表情が、いつもより柔らかく見えたのは、きっと気のせいではないと思います。

家庭ごとに正解は違う

場所取りをする家庭も、しない家庭も、それぞれに事情があります。
人数が多い家庭、祖父母も一緒に参加する家庭、写真をしっかり撮りたい家庭。
どれも間違いではありません。

一方で、体力や生活リズム、価値観によっては、無理をしないほうがうまくいく家庭もあります。
私が大切だと感じたのは、「周りと同じかどうか」ではなく、「今のわが家に無理がないか」という視点でした。

家庭ごとに合う形は違っていいし、比べる必要もない
そう考えられるようになってから、運動会だけでなく、他の行事にも少し肩の力を抜いて向き合えるようになりました。

それでも迷う人へ伝えたい考え方

場所取りをするか、しないか。
この選択に正解が一つあるわけではありません。だからこそ、迷ってしまうのは自然なことだと思います。

「周りはどうしているんだろう」
「やらなかったら後悔しないかな」
そんなふうに考えているなら、無理に今すぐ答えを出さなくても大丈夫です。
運動会は毎年ありますし、選び直すこともできます。

一度だけ「やらない」を試してみる

ずっと同じ選択を続けなければならない、ということはありません。
今年は場所取りをしない。来年はやってみる。
そのくらい柔軟に考えていいと、私は思います。

一度「やらない」を選んでみると、自分や家族がどう感じるのかが、はっきり見えてきます。
思ったより楽だったのか、やっぱり少し物足りなかったのか。
その感覚を知ることが、次の判断材料になります。

経験してから決めることは、逃げではなく、納得するための大切なステップ
頭の中で考え続けるよりも、心が整理されやすいと感じました。

子どもとの関係が一番の軸

運動会は、親の頑張りや段取りの良さを見せる場ではありません。
主役は子どもであり、親はそれを見守る存在です。

どんな場所からでも、声をかけることはできますし、応援する気持ちは伝わります。
子どもが「見に来てくれてうれしかった」「応援してくれた」と感じられるかどうか。
その一点を軸に考えると、選択は少しシンプルになります。

子どもとの関係が穏やかに保てるかどうかが、何より大切な判断基準
場所取りをするかしないかよりも、親が笑顔でいられるかどうかを、ぜひ大事にしてみてください。

まとめ|運動会の場所取りは「したくない」気持ちを尊重していい

運動会の場所取りをしたくないと感じるのは、怠けでも非常識でもありません。
それは、今の暮らしや体力、気持ちの余裕をちゃんと感じ取れているからこそ生まれる、ごく自然な感覚です。

仕事や家事、日々の子育ての中で、すでに精一杯頑張っている。
そのうえで「これ以上は無理かもしれない」と思えるのは、弱さではなく、自分と家族を守ろうとする力だと私は思います。

無理に頑張らなくても、子どもへの想いはちゃんと伝わります。
いい場所を取れたかどうかよりも、見に来てくれたこと、声をかけてくれたこと、一緒にその時間を過ごしたことのほうが、子どもの心には残ります。
親の関わり方は、行動の量ではなく、気持ちの向きで伝わる。それを、私は運動会を通して実感しました。

もし今、場所取りをどうするかで悩んでいるなら、すぐに答えを出そうとしなくて大丈夫です。
一度立ち止まって、「わが家にとって、どんな関わり方が一番心地いいだろうか」と考えてみてください。

その問いに向き合っている時間そのものが、もう十分、親として子どもを大切にしている証です。
今年の運動会は、完璧を目指さなくてもいい。
あなたと家族にとって、少し心が軽くなる選択をしていいと、私は思います。