共働き家庭が気づいた、行事は親の満足のためだった?|やめて見えた本当の大切さ

子どものためにと思って、季節の行事やイベントを一生懸命やってきました。飾りつけをして、料理を用意して、写真もたくさん撮って…。でもあるとき、ふと気づいたんです。「これって、本当に子どものためだったのかな?」と。
楽しんでいるつもりだった行事が、いつの間にか自分の満足や安心のためになっていたことに気づきました。この記事では、そんな私の体験をもとに、行事との向き合い方を見直して感じたことをお伝えします。
行事を頑張っていた頃の私
「ちゃんとやらなきゃ」と思っていた理由
以前の私は、とにかく「ちゃんとやること」が大事だと思っていました。
・季節の行事は欠かさない
・飾りや料理もできるだけ用意する
・写真もきちんと残す
そんなふうに、ひとつひとつを丁寧にこなしていました。
特に印象に残っているのは、「準備の段階からすでにプレッシャーを感じていたこと」です。
行事の日が近づくと、
・何を用意すればいいか調べる
・足りないものを買い足す
・当日の流れをなんとなく考える
と、頭の中はずっと行事のことでいっぱいでした。
本来なら楽しみなはずのイベントなのに、「ちゃんとできるかな」「抜けがあったらどうしよう」と、どこか義務のように感じていたんです。
その背景には、周りの家庭やSNSの影響もありました。
きれいに飾りつけされた写真や、手の込んだ料理を見ていると、「これくらいはやらないといけないのかな」と自然と思ってしまいますよね。
比べるつもりはなくても、無意識のうちに基準が上がってしまっていたんだと思います。
そして気づかないうちに、「ちゃんとやること=いい親であること」だと思い込んでいました。
この思い込みが、行事をどんどん「頑張るもの」に変えていたのかもしれません。
子どものためのつもりだった
もちろん、気持ちは「子どものため」でした。
喜んでほしい、思い出を残してあげたい、できるだけ楽しい経験をさせてあげたい。
そう思っていたからこそ、準備にも手を抜かず、できることは全部やろうとしていました。
実際に、子どもが笑ってくれると嬉しくて、「やってよかった」と感じる瞬間もたくさんありました。
ただ一方で、どこかに「これだけやったんだから、ちゃんと楽しんでほしい」という気持ちがあったのも事実です。
・せっかく準備したのに反応が薄いと少しがっかりする
・写真を撮ることに気を取られて、その場の時間に集中できない
・うまくいかなかった部分ばかり気になってしまう
そんな経験を繰り返す中で、「本当に子どものためだけだったのかな」と考えるようになりました。
振り返ってみると、「子どものため」と思いながらも、
・ちゃんとできたという達成感
・周りと比べて安心する気持ち
・手を抜いていない自分への納得感
そういった感情も、確かにそこにあったんですよね。
子どもを思う気持ちは本物でしたが、それと同じくらい、「自分自身が満たされたい」という気持ちも含まれていたことに、あとから気づきました。
そのことに気づいたとき、「悪いことではないけれど、少し力を抜いてもいいのかもしれない」と思えるようになりました。
違和感を覚えたきっかけ
子どもの反応が想像と違った
ある行事の日、いつも通りしっかり準備をして迎えました。
飾りも用意して、料理も頑張って、写真も撮れるように整えて。「これならきっと喜んでくれる」と思っていたんです。
でも、実際の子どもの反応は、思っていたほどではありませんでした。
もちろん、まったく楽しんでいないわけではありません。でも、私が想像していたような「特別な盛り上がり」ではなかったんです。
それよりも印象的だったのは、そのあとでした。
・一緒におもちゃで遊んでいる時間
・何気なく話している時間
・笑いながら過ごしている日常の延長のような時間
そのときのほうが、明らかに楽しそうだったんですよね。
その様子を見て、「あれ、今のほうがいい顔してるな」とふと感じました。
せっかく準備した行事の時間よりも、何気ない時間のほうが印象に残っているように見えて、少し拍子抜けした気持ちと同時に、どこか引っかかるものがありました。
「もしかして、私が思っている“楽しい”と、子どもが感じている“楽しい”は違うのかもしれない」と気づいた瞬間でした。
頑張っているのに疲れてしまう
もうひとつの違和感は、自分自身の状態でした。
行事のたびに、
・事前に準備をして
・当日はバタバタ動いて
・終わったあとに片付けをして
気づけば、毎回ぐったりしていました。
本来なら楽しいはずのイベントなのに、「終わってホッとする」という感覚のほうが強かったんです。
そのうち、
「なんでこんなに疲れてるんだろう」
「楽しむためにやっているはずなのに…」
と、少しずつ違和感が大きくなっていきました。
特に感じたのは、余裕のなさでした。
・時間に追われる
・準備に追われる
・ちゃんとやろうとするほど余裕がなくなる
すると、子どもとゆっくり向き合う時間も減ってしまうんですよね。
せっかくの行事なのに、
・急かしてしまう
・イライラしてしまう
・楽しむどころか気を張っている
そんな自分に気づいたとき、「これって本当に意味があるのかな」と思うようになりました。
そしてあるとき、ふと腑に落ちたんです。
「頑張りすぎるほど、本来大切にしたい時間が削られている」ということに。
その瞬間、「何かがズレているのかもしれない」と初めてはっきり感じました。
行事は親の満足のためだったと気づいた瞬間
「やった感」に安心していた自分
違和感を抱えながらも、しばらくは「これでいいはず」と思い続けていました。
でもあるとき、行事が終わったあとにふと感じたんです。
「ああ、ちゃんとできたな」と。
そのときの自分の気持ちをよくよく見てみると、子どもがどうだったかよりも、「やり切った自分」に安心している感覚のほうが強かったんですよね。
・ちゃんと準備した
・ちゃんと形にした
・ちゃんと写真に残した
その一つひとつが積み重なって、「これで大丈夫」「ちゃんとできている」と自分を納得させていました。
振り返ってみると、行事そのものを楽しむというより、「やり終えたこと」に満足していた部分があったように思います。
そして気づいたんです。
本来は子どものためにやっていたはずなのに、いつの間にか「自分が安心するための行事」になっていたことに。
「やること」が目的になってしまっていたと気づいたとき、少しハッとしました。
子どもにとって大事だったもの
一方で、子どもの様子を思い返してみると、印象に残っているのはまったく違う場面でした。
・一緒にゆっくり過ごしている時間
・リラックスした雰囲気の中での会話
・自然と笑い合っている瞬間
そういった、特別ではない時間のほうが、ずっと楽しそうだったんです。
行事の「形」よりも、そのときの「空気」のほうが大事だったのかもしれません。
たとえば、
・準備が完璧じゃなくても楽しそうにしている
・何もしていない時間でも笑っている
・こちらが余裕を持っていると安心している
そんな様子を見て、「あれ、これでいいのかもしれない」と思うようになりました。
今まで大事にしていたものと、子どもが感じていた価値が、少し違っていたことに気づいた瞬間でした。
そしてそのとき、ようやく実感しました。
「行事の中身よりも、一緒に過ごした時間のほうが大切だった」ということに。
この気づきは、これまでの考え方を大きく変えるきっかけになりました。
行事との向き合い方が変わった
「やること」より「どう過ごすか」を大切に
あの気づきがあってから、行事に対する考え方が少しずつ変わっていきました。
それまでは、「何をするか」「どれだけ準備するか」にばかり意識が向いていましたが、今は「どんな時間を過ごすか」を大切にするようになりました。
・全部やらなくていい
・できる範囲でいい
・無理しないことを優先する
そう考えるようになると、不思議と気持ちが軽くなったんです。
たとえば、以前なら「これもやらなきゃ」「あれも準備しなきゃ」と増えていっていたタスクも、「これは本当に必要かな?」と一度立ち止まって考えられるようになりました。
すると、
・やらなくても困らないこと
・なくても十分楽しめること
が見えてきて、自然と「減らす」という選択ができるようになりました。
その結果、行事そのものに対するハードルも下がり、「やるかどうか」で悩むことも減っていきました。
そして何より大きかったのは、当日の自分の余裕です。
以前は準備に追われていた時間を、子どもと過ごす時間に回せるようになり、「ちゃんとやること」よりも「一緒に楽しむこと」に集中できるようになりました。
「行事はこなすものではなく、家族で過ごす時間なんだ」と自然に思えるようになったのは、大きな変化でした。
頑張らない行事のほうが満足度が高かった
実際にやり方を変えてみて、一番驚いたのは「満足度の違い」でした。
力を抜いてシンプルにした行事のほうが、家族みんなの満足度が高かったんです。
・準備がシンプルだから余裕がある
・気持ちにゆとりがあるからイライラしない
・自然と会話や笑顔が増える
以前は「頑張った分だけいい時間になる」と思っていましたが、必ずしもそうではありませんでした。
むしろ、頑張りすぎて余裕がなくなると、
・子どもに優しくできない
・急かしてしまう
・楽しむより“こなす”感覚になってしまう
といったことも多かったんです。
それに比べて、シンプルにした行事は、
・時間に追われない
・気持ちに余裕がある
・その場の空気を楽しめる
そんな違いがありました。
結果として、「今日はいい日だったな」と感じることが増えたんですよね。
特別なことをたくさんした日よりも、穏やかに過ごせた日のほうが、あとから振り返っても印象に残っていることに気づきました。
「頑張ることよりも、余裕があることのほうが、いい時間につながる」と実感したことで、行事に対する向き合い方は大きく変わりました。
我が家のちょうどいい行事の形
シンプルに楽しむ
いろいろ試してきた中で、今の我が家はとてもシンプルな形に落ち着いています。
・ごはんを少し特別にする
・ケーキや好きなものを用意する
・簡単な飾りだけ取り入れる
以前のように、すべてをしっかり準備することはやめました。
たとえば、料理も「一から全部手作り」ではなく、買ったものをうまく取り入れたり、子どもが好きなメニューを少しだけ特別にしたりする程度です。
飾りつけも、無理に揃えるのではなく、
・ワンポイントだけ置く
・季節を感じられるものをひとつ取り入れる
それくらいにしています。
それでも、食卓の雰囲気や空気が少し変わるだけで、「今日はちょっと特別だね」と感じられるんですよね。
むしろ、シンプルだからこそ余裕が生まれて、
・子どもとゆっくり話せる
・一緒に食べる時間を楽しめる
・その場の空気を味わえる
そんな時間が増えました。
以前のように「ちゃんとやらなきゃ」と思っていた頃よりも、今のほうがずっと心地よく、満足度も高いと感じています。
無理なときはやらない選択もする
もうひとつ大きく変わったのは、「やらない」という選択を受け入れられるようになったことです。
忙しいときや余裕がないときは、思い切って何もしない日もあります。
以前は、「やらないと後悔するかも」「子どもに申し訳ないかも」と感じていましたが、今はそう思うことが減りました。
その代わりに、
・後日、落ち着いたタイミングで少しだけ楽しむ
・その日のことを話題にして会話をする
・普段の生活の中で季節を感じる
そんなふうに、形を変えて取り入れるようにしています。
行事は「その日だけがすべて」ではないんですよね。
少しずらしても、形を変えても、ちゃんと気持ちは伝わると感じています。
そして何より大きかったのは、「やらなかった日」に対する罪悪感がなくなったことでした。
以前は、「ちゃんとできなかった」という思いが残っていたのに、今は「今日はこういう形でよかった」と自然に思えるようになっています。
「そのときの自分たちに合った形でいい」と思えるようになってから、行事は「頑張るもの」ではなく、「無理なく関われる時間」に変わりました。
その変化が、日々の暮らしをぐっとラクにしてくれたと感じています。
親の満足を手放して見えてきたもの
子どもの本当の反応が見えるようになった
行事に対して力を入れすぎるのをやめてから、一番大きく変わったのは「子どもの見え方」でした。
それまでは、
・ちゃんと楽しんでいるか
・喜んでくれているか
・思い出に残っているか
そんなふうに、“結果”ばかりを気にしていた気がします。
でも余計な力が抜けると、自然と子どもの様子を落ち着いて見られるようになりました。
・ふとした瞬間に見せる楽しそうな表情
・安心してリラックスしている姿
・何気ないことで笑っている瞬間
そういった、今まで見逃していた小さな反応に気づけるようになったんです。
以前は、「ちゃんとやること」に意識が向いていた分、どうしても視野が狭くなっていました。
準備や段取りに気を取られて、その場の空気を味わう余裕がなかったんですよね。
でも今は、「何をするか」に縛られない分、
・子どもが何を感じているか
・どんな瞬間に楽しさを感じているか
に目を向けられるようになりました。
その結果、「ああ、こんなところで楽しんでいたんだ」と気づくことが増えて、行事の見え方そのものが変わっていきました。
「子どもが求めていたのは特別な演出ではなく、安心して過ごせる時間だった」と実感したのは、この頃でした。
家族の空気が穏やかになった
もうひとつ大きく変わったのは、家の中の空気でした。
頑張りすぎていた頃は、今思えばどこか余裕がなくて、
・時間に追われている
・準備に焦っている
・思い通りにいかないとイライラしてしまう
そんな場面も少なくありませんでした。
行事のために頑張っているはずなのに、そのせいで空気がピリピリしてしまうこともあったんです。
でも、力を抜いて「できる範囲でいい」と思えるようになってからは、明らかに変わりました。
・時間に余裕がある
・気持ちにゆとりがある
・子どもにも穏やかに接することができる
そんな状態で過ごせるようになったんです。
すると自然と、
・会話が増える
・笑う時間が増える
・その場の雰囲気が柔らかくなる
といった変化が生まれました。
特別なことをしなくても、「なんだかいい時間だったね」と思える日が増えたのは、この変化が大きいと感じています。
そして改めて気づいたのは、行事そのものよりも、そのときの空気や関わり方のほうが、ずっと大切だということでした。
「親の余裕が、家族の雰囲気をつくる」と実感してからは、「頑張ること」よりも「余裕を持つこと」を意識するようになりました。
そのほうが結果的に、家族みんなにとって心地いい時間になると感じています。
まとめ|行事は「誰のためか」を見直してみる
行事は、つい「ちゃんとやらなきゃ」と思ってしまうものですよね。
でも一度立ち止まって、「これは誰のためにやっているのか」と考えてみると、見え方が変わってきます。
・子どもにとって大切なのは何か
・自分たちが無理なく続けられるか
・どんな時間を過ごしたいのか
その視点で考えることで、行事はもっとラクで、心地いいものになります。
完璧にやる必要はありません。
自分たちに合った形で関わることが、いちばん大切です。
もし今、行事に疲れているなら、一度力を抜いてみてください。きっと、今より少しだけラクに、そしてあたたかい時間が過ごせるようになると思います。













