義実家への帰省で疲れる原因は何?ストレスの正体と心が軽くなる過ごし方

お盆や年末年始、長期休みに近づくと「帰省どうしよう…」と少し憂うつになることがあります。家族の行事だし、義両親は良い人。それでもどこか気を張ってしまい、帰省から戻るとドッと疲れが出る。私自身も「なんでこんなに疲れるんだろう?」と何度も感じてきました。
ただ、原因を知り、少しだけ“自分の気持ちを守る工夫”を意識することで、心がだいぶラクになることに気づきました。この記事では、義実家への帰省で疲れてしまう理由と、私が実際にやってみて楽になった過ごし方をまとめました。もし今、同じように悩んでいるなら、ほんの少しでも気持ちが軽くなるヒントになれば嬉しいです。
なぜ義実家への帰省はこんなに疲れるのか?
義実家が嫌いなわけでも、義両親が悪いわけでもないのに、帰省って不思議なくらい体力も気力も持っていかれますよね。私も帰省のあと、家に着いた瞬間に安心して、そのままベッドに倒れ込むように寝てしまったことがあります。「楽しかったはずなのに、なんでこんなにぐったりするんだろう?」と自分でも不思議になることがありました。
一番大きいのは、「気を抜けない時間が長い」ということだと思っています。
いつもなら気軽に座ったり、だらっとスマホを見たり、少し疲れたら横になったりできますよね。でも義実家では、それが自然にできない。「今この行動、どう思われるかな?」「手伝ったほうがいいかな?」「座っているだけだと印象悪いかな?」と、ずっと見えないブレーキをかけ続ける感覚があります。表面上は普通に笑って会話していても、頭の中ではずっと“気遣いのスイッチ”が入りっぱなし。これだけでも体力をかなり削られていきます。
さらに大きいのが、家事のやり方や生活リズムの違いです。
食事の時間、片付けのタイミング、台所の動線、子どもの寝る時間…。それぞれの家庭に“普通”があるのに、その「普通」が違う場所で長時間過ごすことになります。「合わせなきゃ」と思えば思うほど、自分の感覚を横に置いておくことになり、そこに小さなストレスが積み重なっていくんですよね。
そしてもう一つ、帰省のしんどさを大きくしているのが、「家族なのに完全には家族になりきれていない」という微妙な立場。
一緒にご飯を食べて、笑って話して、同じ時間を過ごしているのに、どこかで“完全に気を抜ける自分の家”とは違う感覚が残ります。“家族ではあるけれど、どこかお客さん”という立場に置かれ続けることが、じわじわと心を消耗させていくんだと思います。
誰かが悪いわけでもなく、関係が悪いわけでもないのに疲れる。
その理由は、ただ単に「あなたが気が利かないから」でも「心が弱いから」でもなく、それだけ気を遣いながら一生懸命過ごしている証拠なんだと思います。
義両親との距離感が微妙に難しい
義実家が居心地よく感じられるかどうかは、「距離感」が本当に大きく関係しているなと感じています。近すぎても疲れるし、遠すぎても気まずい。その“ちょうどいい位置”を探しながら過ごしているような感覚が常にあって、それが無意識のストレスになっていることがあるんですよね。
たとえば、義両親は優しいし悪気もないのに、少し踏み込まれるとドキッとしてしまうことがあります。「最近どう?」「家のこと大変でしょう?」そんな何気ない言葉でも、「どこまで本音で話していいんだろう?」「余計なこと言ってないかな?」と心の中で軽く身構えてしまう。
逆に、あまり話題を振られないと、それはそれで「気を遣われてるのかな?」と気になる。距離が近くても、遠くても、心はどこか落ち着く場所を探している感じがします。
そして何より難しいのは、義両親との関係って、「初対面の他人」でもなければ「生まれ育った家族」でもないという、中途半端な立場であること。家族だからある程度近い存在でありながら、完全に“素”でいられる関係でもない。この“家族だけど完全に馴染みきれていない関係性”こそが、距離感を難しくしている理由のひとつなんだと思います。
「歓迎されている」とわかるのに、心はまだ緊張している
「ゆっくりしてね」「何もしなくていいよ」と言ってもらえると、本当にありがたいし、歓迎されていることもちゃんと伝わってきます。それでも、心が完全に緩むかといえば、なかなかそうはいかないことがあります。
何もしなくていいと言われても、「本当に何もしなくていいのかな?」「少しは手伝わないと失礼かな?」と頭の中はずっとフル回転。「ここに座ってて」と言われても、「座っているだけでいい自分」でいることに慣れていないから、どこか落ち着かない。
義母さんは優しくて、嫌な顔ひとつしないのに、こちらの心だけが勝手に緊張し続けてしまうんですよね。
そしてもう一つ厄介なのが、「お嫁さんとしての自分」を自然と演じてしまうこと。
普段の自分より少し“いい自分”でいようとする。少し気が利く自分でいたいし、感じよく話せる自分でいたい。誰かに言われたわけでもないのに、「ちゃんとしていなきゃ」というスイッチが自動で入ってしまう。
そのスイッチが帰省中ずっとオンのままだから、家に帰る頃には電池切れみたいにぐったりしてしまうのも無理はないのかなと思います。
きっと義両親側も「気を遣わせたくない」と思ってくれているはずなのに、こちらは「できるだけ迷惑をかけない自分」でいようと必死。このすれ違いが、優しさの中にある“見えない緊張感”を生んでいるのかもしれません。
子どもの世話と周囲への気遣いを同時にこなす大変さ
義実家に帰ると、子どもはいつも以上にテンションが上がります。普段より環境が変わり、大人たちも集まっていて、特別な日という空気があるから当然なんですよね。でも、その“特別感”を楽しませてあげたい反面、親としては生活リズムが崩れたり、興奮しすぎたりするのが心配で、常に気を張って見守ることになります。
ただでさえ子どものフォローだけで大忙しなのに、そこで終わらないのが義実家帰省の難しさ。周囲への気遣いや場の空気にも同時に目を配らないといけないから、心が休むタイミングがほとんどないんですよね。
「静かにして」「散らかさないで」が頭から離れない
義実家では、常に頭のどこかで“注意スイッチ”が入っています。
走り回らないか、物を壊さないか、うっかり失礼なことを言わないか…。
まるで見張り役のように子どもの一挙手一投足を追いかけながら、そのたびに内心でドキドキしている。義両親は「大丈夫だよ」「子どもなんだから気にしないで」と言ってくれるかもしれません。でも言葉と本音が同じとは限らない気がして、つい慎重になってしまいます。
さらに厄介なのが、「叱り方にまで気を遣わなければいけない」ということ。
自分の家なら、いつものペースで声をかけたり、必要ならしっかり叱ったりできます。でも義実家では、「どこまで注意していい?」「怒りすぎたら雰囲気悪くなるかな?」と、叱ること自体にまで遠慮がつきまとう。
その判断一つひとつにエネルギーを使っているから、ただ座っているだけに見えても、心の中ではフル稼働している状態になってしまうんですよね。
そして気づけば、子どもの安全管理、義家族への配慮、空気を壊さないようにする気遣い…いろんな役割を一人で背負い込んでしまっていることがあります。表面上はにこやかに過ごしていても、内側はずっと緊張している。だから帰る頃には、どっと疲れが押し寄せてくる。
「ただそこにいただけ」のはずなのに、実際には“場全体を支える裏方”として動き続けていた——その負担が、義実家帰省のしんどさをより大きくしているのだと思います。
生活リズム・習慣の違いがじわっと負担になる
義実家は“家族の場所”ではあるけれど、やっぱり自分の「ホーム」ではありません。だからこそ、いつものペースで過ごすことができず、自然と気を張り続ける時間が増えていきます。
朝起きる時間、テレビのつけっぱなし、食事の準備や片付けの進め方…。一つ一つは大したことじゃないように見えても、「自分の当たり前」と違う世界の中で過ごすことそのものが、知らないうちに心と体を疲れさせていきます。
そして、「郷に入っては郷に従え」という感覚がどこかで働いてしまい、合わせるのが前提になる。相手を思いやる気持ちがあるからこそ無理をしてしまい、その“ちょっとした無理”が滞在中ずっと積み重なっていくんですよね。
誰も悪くないのに、少しずつ“自分を脇に置いている時間”が続く——これこそがじわっと負担になる大きな理由なのだと思います。
ちょっとした違いが積み重なっていく
食事の時間、片付けの習慣、子どもの寝るタイミング。
どれも「その家の普通」に合わせることが当たり前になり、そこに自分のペースを挟みにくくなります。特に子どもが小さいうちは、食べ慣れないメニューや遅めの夕食、興奮してなかなか寝ない姿に気を配り続けることになり、親の負担は一気に増えます。
さらに、「もう少し早く寝かせたいけど、空気を壊したくない」「片付けたいけど勝手に触っていいのかな?」といった迷いも加わります。自宅なら迷わず決められることでも、義実家では一つひとつ“確認しながら”動くことが多く、行動するたびにエネルギーを消耗してしまうんですよね。
その結果、楽しく過ごしているはずなのに、心だけが静かに疲れていく。
「大きなトラブルは何も起きていないのに、なんだかぐったりしてしまう」というあの感覚は、まさにこうした“生活リズムと習慣の違い”が積み重なって生まれているのだと思います。
それでも帰省する理由…「家族」だからこその葛藤
正直に言えば、「楽しみ!」と心から言い切れる帰省ばかりではありません。できれば少し休みたい、家でのんびりしたい、移動も準備も大変だから避けたい…。そんな本音を一度も抱いたことがない人のほうが少ないのではないかと感じています。
それでも私たちは、毎回きちんと荷物をまとめ、予定を調整し、家族みんなで義実家へ向かいます。それは義務感だけではなく、「大切にしたい関係がある」ことをどこかでちゃんとわかっているからなんですよね。
義実家との関係は“これからも続く家族”
義実家は「配偶者の家族」ではあるけれど、同時に“これからもずっと関わっていく家族”。
子どもにとっては大好きなおじいちゃんおばあちゃんであり、夫にとっては生まれ育った大切な場所。
そして私自身も、「できるだけ波風を立てず、穏やかな関係を続けたい」という気持ちがあります。
きっと多くの人が、ただ「行かなきゃいけないから行く」わけではなく、
・夫の家族を大切にしたい気持ち
・子どもに“家族のつながり”を感じてほしい思い
・大人としての責任感
そんな複数の気持ちが重なって、帰省という選択をしているのだと思います。
でもその一方で、「本当はちょっとしんどい」という自分の気持ちも確かに存在しています。
義実家との関係はこれからも続くからこそ、嫌われたくない、角を立てたくない、変に思われたくない。そんな気持ちが自分の中で大きくなり、「行かない」という選択肢をますます遠ざけてしまうんですよね。
その結果、「行きたいわけでもないけど、行かないとも言えない」という中間地点の気持ちで揺れ続けることになります。この“逃げられない家族関係”が、帰省のしんどさをより複雑なものにしているのだと感じます。
だから私は、「無理をするか、全部我慢するか」の極端な二択ではなく、
“できる範囲でラクに過ごす方法を探す”という真ん中の選択肢を持つことが、心を守るためにはとても大切だと思うようになりました。
完全に割り切れなくて当たり前。完璧な嫁でいられなくても大丈夫。そう思えるようになってから、帰省への気持ちが少しずつ柔らかくなっていきました。
義実家で少しでも心がラクになる過ごし方
私自身が実践してみて、「これは本当に助かった」と感じた工夫をまとめました。どれも完璧じゃなくて大丈夫。できる範囲、心が許す範囲だけ取り入れてみるだけでも、気持ちの重さが少し変わってきます。
1. すべてに合わせようとしない
最初から「完璧に合わせる」ことを目標にしないだけで、本当にラクになります。
義実家のやり方やペースに合わせるのは大事ですが、限界を超えてまで無理をする必要はありません。
無理そうな予定は笑顔でやんわり断る。子どもの生活リズムも“全部”ではなく、“最低限”だけ守る。
たとえば「今日は少し早めに寝かせたいので、先に失礼しますね」と軽く伝えるだけで、こちらの気持ちはずいぶん違います。
少しだけでも“自分たちの都合”を混ぜられると、「合わせっぱなし」でいなくていい安心感が生まれます。
2. 夫をちゃんと“戦力”にする
「義実家=夫のホーム」。その事実を遠慮なく活かしたほうがいいと実感しました。
私ひとりで全部気を回そうとすると、どうしても無理が出てしまいます。でも夫に一言フォローしてもらうだけで、場の空気がやわらぐことって本当に多いんですよね。
「このあと子ども早めに寝かせたいから、先にあなたから言っておいて」
「ちょっと疲れてるから、少し私のフォローしてほしい」
こんな感じで、素直に“助けが必要”だと伝えるようにしました。
「察してほしい」ではなく「言葉で頼る」方が、結果的に自分を守る一番の近道でした。
3. 滞在時間を調整する
長くいるから消耗する。これは本当にあるあるだと思います。
「せっかくだから長くいなければ」「悪く思われないために粘らなきゃ」そんな気持ちで無理していた時期もありましたが、今は“少し短め”を基準にしています。
短くても内容が濃く、気持ちよく過ごせたほうが、お互いに印象が良くて、次の帰省もラクなんですよね。
予定を詰め込みすぎず、“帰る余裕を残して帰る”。
“気力が残っているうちに帰る”ことで、「楽しかった」で終われる可能性がぐっと高くなります。
4. 自分へのご褒美を先に用意しておく
これは意外と効果が大きかった工夫です。
帰省が終わったあと、自分の楽しみが用意されていると、それだけで気持ちの持ち方が変わります。
お気に入りのお菓子を買っておく、帰り道にカフェに寄る、一人時間を確保しておく。大きなご褒美じゃなくていいんです。
「帰ったらこれが待ってる」と思えるだけで、「頑張るための支え」になります。
“帰省が終わった自分”のことまで大切にしてあげることで、心が少し軽くなるのを感じました。
完璧な対応なんて必要ありません。義実家を大切にしたい気持ちと、自分の心を守りたい気持ち、その両方を大事にできるように、無理のない工夫を少しずつ増やしていけたら十分だと思っています。
夫との価値観のすり合わせも大切
義実家の話って、夫婦の中でもズレやすいテーマだと強く感じています。
私たちにとっては「義実家」でも、夫にとっては“実家そのもの”。思い入れや感覚がそもそも違うので、同じ出来事でも感じ方に差が出てしまうのは、ある意味当然なんですよね。
だからこそ、「同じ家族の話をしているのに、なかなか気持ちが噛み合わない」というモヤモヤが生まれやすい。ここを放置してしまうと、「なんでわかってくれないの?」という不満が静かに蓄積していきます。
「わかってほしいこと」は言葉にしないと伝わらない
義実家の話に関しては、「察して」は意外と通じませんでした。
夫に悪気があるわけでも、冷たいわけでもない。ただ単純に、「私がどれくらい気を張っているか」や、「どんなところがしんどいのか」が本当に“見えていなかった”だけなんですよね。
私はある時から、少し勇気を出して、気持ちをちゃんと伝えるようにしました。
「嫌いとかじゃない。でも、こういうところで疲れる」
「相手が悪いわけじゃないけど、私はこう感じてる」
攻撃ではなく、“気持ちの共有”として話すように意識してみました。
すると、夫の受け止め方が少しずつ変わってきました。
「そんなにしんどかったんだね」と理解が深まり、帰省の頻度や滞在時間についても自然に相談できるように。私の負担もかなり軽くなりましたし、何より“ひとりで抱えなくていいんだ”と思えるだけで、心の重さが全然違いました。
義実家との関係は夫婦二人で向き合うもの。だからこそ、「言わなくてもわかるよね」ではなく、「言葉にして共有すること」が、結果的に自分の心を守る何よりの助けになるのだと感じています。
まとめ|我慢だけで乗り切らなくていい。あなたの心もちゃんと守ってあげてほしい
義実家への帰省は、「家族だから」「普通みんなやっているから」と、自分の気持ちを横に置いてしまいがちな出来事だと思います。でも、本音ではしんどいと感じている人は決して少なくありません。
・気を張り続ける環境であること
・生活リズムが崩れること
・“お嫁さん”として見られる意識
こうした小さな負担が積み重なっていけば、疲れてしまうのは当たり前なんですよね。
もし今、「帰省つらいな…」と感じているなら、少しだけ自分を優先してみてほしいです。滞在時間を短くする、夫に頼る、自分のペースを守る。そうした一つ一つの工夫は、わがままでも、甘えでもありません。
それは“家族を大切にしたい気持ち”と同じくらい、“自分を大切にする気持ち”を尊重してあげること。
完璧な嫁でいなくても大丈夫。
いつも笑顔で、いつも気が利いて、いつも頑張って…そんな理想像を背負い続けなくていいんです。少し肩の力を抜いて、「今の自分が無理なく続けられる距離感」を探していくことのほうが、きっと長い目で見て家族みんなにとって優しい形だと思います。
今日できることは、小さな一歩で十分。
「次の帰省はどう整えようかな?」と、自分の心を守る選択肢を一つだけ考えてみる。
その積み重ねが、義実家への帰省を「ただつらい行事」ではなく、「少しはやっていける時間」へと変えていくきっかけになるはずです。
あなたの帰省が、少しでも安心感のある時間に近づいていきますように。














