七五三の季節が近づくと、「今年はどうしよう」「ちゃんと11月にやらないといけないのかな」と、なんとなく心がざわつきます。周りの家庭が写真を撮ったり、神社にお参りした話を聞くと、なおさら迷ってしまいますよね。

わが家もまさにそうでした。仕事の都合、子どもの体調、家族の予定。全部を考えると「今じゃないかも」と思う一方で、「時期をずらして後悔しないかな」という不安もありました。

この記事では、実際に七五三の時期をずらした私の体験をもとに、迷ったときの考え方や、やってみて感じたことを正直に書いています。「ずらしても大丈夫だった」という実感が、今悩んでいる誰かの安心につながればうれしいです。

わが家が七五三の時期をずらした理由

忙しさと体調を優先したかった

当時のわが家は、正直に言うと、毎日を回すだけで精一杯でした。仕事に育児に家事。平日はもちろん、週末も「休む」という感覚がほとんどなく、気づけば予定で埋まっている状態。
特に11月は仕事の繁忙期と重なりやすく、「この土日は七五三」「次の週は写真撮影」と決めてしまうと、それだけで気持ちが追い詰められていきました。

さらに悩みの種だったのが、子どもの体調です。11月は寒暖差があり、保育園や幼稚園でも風邪が流行りやすい時期。
「せっかく準備しても、前日に熱が出たらどうしよう」
「無理して連れて行って、あとで体調を崩したら後悔しそう」
そんな不安が、頭の中を何度もよぎりました。

ある夜、子どもが寝たあとに、夫とこんな話をしたのを覚えています。
「七五三って、本当にこのタイミングじゃないとダメなのかな」
「無理して決行して、全員ぐったりするくらいなら、時期をずらしてもいいんじゃない?」

そのときに感じたのは、行事そのものよりも、行事に向かう余裕がないことが一番つらいという気持ちでした。
「せっかくの七五三なのに、焦りや疲れの記憶ばかり残るのは違う気がする」
そう思ったことが、時期をずらす選択につながりました。

家族全員が落ち着いて過ごせる日を選びたかった

七五三は、主役はもちろん子どもですが、実際に動くのは大人です。
着付けの時間、移動手段、神社の混雑、写真撮影の段取り。そのあとに食事をするかどうか。祖父母を呼ぶかどうか。考えることは思っている以上に多く、ひとつ決めるたびに別の悩みが増えていきました。

「祖父母にも声をかけたほうがいいかな」
「でも、日程を合わせるのは大変そう」
「写真はプロに頼む?それとも自分たちで?」

こうしたことを短期間で詰め込もうとすると、どうしても「こなす行事」になってしまいそうでした。
気がつくと、「楽しみ」よりも「ちゃんとやらなきゃ」という気持ちのほうが大きくなっていたのです。

だからこそ、わが家では一度立ち止まりました。
「今、無理をしないでできる形って何だろう」
「家族みんなが、落ち着いて集まれる日はいつだろう」

その答えが、「今じゃなくてもいい」「少し先でもいい」でした。
時期をずらすことで、予定を詰め込みすぎず、体調や仕事の様子を見ながら、余裕をもって準備ができる。
家族全員が笑顔で過ごせる一日を選びたいという気持ちが、最終的な決め手になりました。

結果的に、時期をずらしたことで、当日は驚くほど穏やかな気持ちで迎えることができました。
「あの日にしてよかったね」と、あとから家族で自然に話せたことが、今でも印象に残っています。

実際にずらした時期と、そのときの様子

わが家は春先にお参りをした

わが家が七五三のお参りをしたのは、少し寒さが和らいできた春先でした。
11月の七五三シーズンを外しているため、神社の境内は驚くほど落ち着いた雰囲気。人の流れに追われることもなく、ゆっくり歩きながら参道を進めたのが印象に残っています。

当日は朝からバタバタすることもなく、子どもに着物を着せる時間も余裕がありました。
「ちょっと苦しい」「まだ?」と不機嫌になる場面も覚悟していましたが、実際は鏡を見て嬉しそうにしたり、家族で写真を撮ったりと、終始穏やかな様子でした。

11月だったら、
・寒さで機嫌が悪くなっていたかもしれない
・人混みで疲れてしまっていたかもしれない
そう考えると、子どものペースを最優先できたことが、この時期を選んで一番よかった点だったと思います。

写真も、周囲を気にせず落ち着いて撮ることができました。
「早く帰りたい」と泣き出すこともなく、最後までしっかりお参りできたことで、「ちゃんとできたね」と家族全員が納得できる一日になりました。

周囲の目は意外と気にならなかった

時期をずらすと決めたとき、一番引っかかっていたのが「周りからどう思われるか」でした。
「今さら七五三?」
「なんでこの時期なの?」
そんなふうに思われたら、少し居心地が悪いかもしれないと、正直気にしていました。

でも、実際にお参りしてみると、その不安はほとんど杞憂でした。
同じように写真を撮っている家族も何組かいて、「あ、うちだけじゃないんだ」と自然に思えたのを覚えています。

神社の方もとても慣れた様子で、受付の際に
「この時期に七五三をされるご家庭も多いですよ」
と声をかけてくださいました。その一言で、ふっと肩の力が抜けた感覚がありました。

考えてみれば、神社に来ている人はそれぞれ事情があって、その日を選んでいるだけ。
他人は思っているほど、こちらの事情を気にしていないという当たり前のことに、改めて気づかされました。

終わってから振り返ると、「周囲の目が気になるかも」という不安よりも、「穏やかに過ごせた安心感」のほうが、ずっと大きく心に残っています。
その感覚があったからこそ、「時期をずらして本当によかった」と、今でも自然に思えるのだと思います。

時期をずらして感じたメリット

混雑を避けられて、気持ちに余裕ができた

11月の七五三シーズンの週末といえば、どこの神社も人が多く、境内に入るだけで一苦労という印象があります。
実際、以前に別の行事で11月に神社を訪れたときは、受付に並び、写真スポットでも順番待ちをし、気づけば「早く終わらせたい」という気持ちが先に立っていました。

わが家が七五三で訪れた日は、そうした慌ただしさとは無縁でした。境内は静かで、待ち時間もほとんどありません。
子どもが立ち止まって景色を眺めたり、草花に目を向けたりしても、「急がなきゃ」と焦る必要がなかったのです。

そのおかげで、行動の基準が自然と「予定」ではなく「子どもの様子」になりました。
疲れていそうなら少し休む、楽しそうなら写真をもう一枚撮る。
行事をこなす感覚ではなく、家族で同じ時間を味わう一日になったことが、何より大きなメリットだったと感じています。

子どもが機嫌よく過ごせた

七五三は、大人にとっても準備が大変ですが、子どもにとってはもっと大きな負担がかかります。
慣れない着物やスーツ、動きづらい草履や靴、人の多さ、長時間の移動。どれかひとつでも、小さな子どもには十分なストレスになります。

時期をずらしたことで、気候は穏やかで、暑さや寒さに悩まされることもありませんでした。
「寒い」「暑い」と不機嫌になることがなく、終始落ち着いた様子で過ごせたのは、親としても大きな安心材料でした。

結果として、写真に残ったのは、作った笑顔ではなく、自然な表情ばかり。
あとからアルバムを見返したとき、
「この日の写真を見ると、あの日の空気感まで思い出せるね」
と、家族で話せることが、何よりうれしく感じます。

子どもが心地よく過ごせたことが、そのまま家族全体の満足感につながった
それが、時期をずらしたからこそ得られた実感でした。

それでも迷った「ちゃんとやっていない気がする」不安

周りと比べてしまう気持ち

時期をずらすと決めたあとも、心のどこかで引っかかっていたのが、「本当にこれでよかったのかな」という気持ちでした。
特に影響が大きかったのは、SNSです。11月になると、晴れ着を着た子どもたちが神社で並んでいる写真や、きれいに整えられた家族写真が次々と流れてきます。

画面を見ながら、
「みんな、ちゃんとやっているな」
「うちは、少し手を抜いたように見えるのかな」
そんなふうに感じてしまうこともありました。

ときどき、ふとした瞬間に、
「うちは簡単に済ませすぎたかな」
「子どもにとって、物足りなかったんじゃないかな」
と考えてしまい、胸の奥がざわつくこともありました。

頭では「家庭ごとでいい」と分かっていても、比べてしまう気持ちは簡単には消えません。
それだけ七五三を大切に考えていたからこそ、不安になったのだと思います。

時間が経ってから気づいたこと

そんな気持ちが少しずつ変わっていったのは、時間が経ってからでした。
ある日、何気なくアルバムを開いていたとき、子どもが写真を指さして、
「これ楽しかったね」
「このとき、着物着たよね」
と、嬉しそうに話し始めたのです。

その様子を見て、はっとしました。
子どもは、「11月だったか」「正式な時期だったか」なんて、まったく気にしていませんでした。覚えているのは、
・家族で出かけたこと
・きれいな服を着たこと
・たくさん笑ったこと
そうした、感情の部分だったのです。

大人はつい、「正しい時期」「一般的な形」に目を向けがちですが、子どもにとって大切なのは、その日をどう過ごしたかなのだと、改めて気づかされました。

今では、あのとき感じていた「ちゃんとやっていない気がする」という不安も、ほとんど思い出さなくなりました。
それよりも、「あの日は、家族みんなが穏やかだった」という記憶のほうが、ずっと強く残っています。

七五三は「家庭ごと」に形があっていい

正解はひとつじゃない

七五三という行事には、昔からの風習やイメージがたくさんあります。
「11月にお参りするもの」
「きちんとした着物を着せるもの」
「写真も残して、家族そろってお祝いするもの」
そんな“当たり前”が重なって、いつの間にか「こうしなければいけない行事」のように感じてしまいがちです。

でも、実際に周りを見渡してみると、七五三の形は本当にさまざまです。
写真だけをスタジオで撮る家庭もあれば、お参りだけを静かに済ませる家庭もあります。祖父母を呼ぶ家庭もあれば、家族だけで完結させる家庭もあります。

どの形にも、それぞれの事情と想いがあって、そこに優劣はありません。
七五三に「これが正解」という答えはなく、家庭の数だけ形があるのだと、わが家の経験を通して強く感じました。

今の暮らしに合った選択をしていい

七五三を迎える年は、家庭によって状況が大きく違います。
仕事が忙しい年、下の子がまだ小さい年、引っ越しや環境の変化が重なる年。毎年同じ余裕があるとは限りません。

そんな中で、「周りと同じようにできない自分たちはダメなのかな」と感じてしまうこともあると思います。
でも、本来七五三は、子どもの成長を喜び、これからの健やかな日々を願うための行事です。親が無理をして疲れ切ってしまう形が、本当にその目的に合っているのか、一度立ち止まって考えてもいいのではないでしょうか。

「今のわが家にとって、無理のない形はどれかな」
そうやって考えた時間そのものが、もう十分、子どもを大切にしている証です。
形式よりも、家族が穏やかに向き合えたかどうかを大切にしていい。私はそう思っています。

その年、その家庭に合った七五三ができたなら、それは立派なお祝いです。
ほかの家庭と同じでなくても、静かでも、簡単でも、ちゃんと意味のある一日になります。

まとめ|七五三の時期をずらす選択は、わが家を大切にする判断

七五三の時期をずらしたわが家の選択は、振り返ってみても後悔はありません。むしろ、家族全員が穏やかな気持ちで過ごせたことが、いちばん大きな思い出として残っています。
「ちゃんとやれたかどうか」より、「家族が笑って過ごせたかどうか」。今では、そのほうがずっと大切だったと感じます。

もし今あなたが、
「ずらしてもいいのかな」
「11月じゃないと意味がないのかな」
「周りからどう思われるかな」
そんなふうに迷っているなら、まずは深呼吸して、少しだけ立ち止まってみてください。迷っている時点で、もう十分に子どものことを大切に考えています。

七五三は、誰かに見せるための行事ではありません。
立派な写真を残すためだけの行事でもありません。
その根っこにあるのは、「ここまで元気に育ってくれてありがとう」という気持ちと、「これからも健やかでありますように」という願いです。

だからこそ、一度自分に問いかけてみてほしいのです。
その七五三は、誰のための行事でしょうか。
子どものため。家族のため。今の暮らしのため。
その答えが「わが家にとって無理のない形」なら、時期をずらすことも立派な選択だと思います。

実際、わが家は時期をずらしたことで、焦りが減り、準備もゆっくりできて、当日は子どもの機嫌も安定していました。写真を見返しても、残っているのは「大変だった」の記憶ではなく、笑顔と空気感です。
あなたの家庭に合った形で過ごせた七五三なら、それはもう十分に“正解”だと、私は思います。

今日からできる小さな一歩としては、次のどれか一つで大丈夫です。
・混雑しにくい時期の候補を、ざっくり2つだけ出してみる
・子どもの体調や生活リズムを優先して、無理のない日程を考える
・夫婦で「どんな七五三なら楽しく終われそうか」を一言だけ話してみる

全部を決めなくても大丈夫です。
七五三は、家庭のペースで整えていい行事です。あなたの選択が、少しでも心を軽くして、家族の時間をやさしく残せるものになりますように。