準備を早く始めたほうが安心。
子育てをしていると、そんな言葉を何度も目にします。

でも実際にやってみて、「ちょっと早すぎたかもしれない」と後悔した行事が、わが家にはありました。
この記事では、私自身の体験をもとに、準備を早くしすぎたことで感じた違和感や、あとから気づいた考え方をお話しします。

今まさに、行事の準備を前にして迷っている方へ。
「急がなくても大丈夫かもしれない」と思えるヒントになればうれしいです。

早く準備しすぎた行事は「入園準備」でした

わが家が「準備、早すぎたかも」と感じたのは、子どもの入園準備です。
入園が決まったと同時に、私は一気にスイッチが入りました。

「今のうちにやっておけば、あとが楽」
「直前でバタバタするのは避けたい」

そんな気持ちが強く、カレンダーを見ながら、まだ先のはずの入園日に向けて頭の中はフル回転していました。

バッグ、上履き、通園用の服、名前付け。
必要そうなものをリストアップしては、ネットやお店で確認し、「これは早めに用意しておこう」と、説明会より前にできることをどんどん進めていったんです。

準備を進めている間は、「これで安心」「ちゃんとやれている」という感覚がありました。
周りより早く動けていることが、少し誇らしく感じた瞬間もあったと思います。

でも、ふと立ち止まってみると、気づいたことがありました。
準備は進んでいるのに、なぜか気持ちは落ち着かない。
むしろ、「これも必要かも」「まだ足りないかも」と、次々に気になることが増えていったのです。

まだ時間はあるはずなのに、心の中ではずっと入園準備に追われているような感覚。
子どもと遊んでいても、頭の片隅では「次は何を準備しなきゃいけないんだっけ」と考えていました。

そのときは気づきませんでしたが、あとから振り返ると、準備の早さがそのまま心の余裕につながるわけではなかったのだと思います。
「安心したい」という気持ちで始めたはずの行動が、いつの間にか自分を急かす原因になっていたのかもしれません。

今なら、もう少しゆっくりでもよかったな、と思います。
入園という節目を前に、物を揃えることだけでなく、気持ちの準備をする時間も大切にしたかった。
そんな後悔が、少しだけ残っています。

「早くやらなきゃ」が不安を大きくしていた

準備を進めれば進めるほど、なぜか安心するどころか、不安が増えていきました。
最初は「これで大丈夫」と思っていたのに、ひとつ終わると、また次が気になってしまうんです。

「あれも必要かも」
「これも足りないかも」
「他の人はもっと準備しているんじゃないかな」

そんな考えが、次から次へと浮かんできて、終わりが見えませんでした。

入園まではまだ時間があるはずなのに、頭の中はすでに入園後の生活でいっぱい。
朝の支度はちゃんと回るだろうか、忘れ物をしないだろうか、子どもは園に慣れるだろうか。
準備をしているはずなのに、不安まで一緒に先取りしていたように思います。

その影響なのか、子どもと過ごす時間も、どこか気持ちが落ち着きませんでした。
一緒に遊んでいても、頭の片隅では「次は名前付けをしなきゃ」「あれも確認しておこう」と考えていて、心ここにあらず、という感じだった気がします。

ある日、夫に何気なく言われた一言があります。
「そんなに急がなくてもよくない?」

その言葉を聞いた瞬間、なぜか少しムッとしてしまいました。
「ちゃんとやろうとしてるのに」「今やっておかないと後が大変なのに」
そんな気持ちが、心の中でぐるっと渦を巻いたのを覚えています。

でも今振り返ると、そのムッとした反応こそ、余裕のなさの表れだったのかもしれません。
早く準備しているつもりでも、心はずっと焦ったままだったのです。

「早くやらなきゃ」と思えば思うほど、準備は義務のようになり、楽しさや安心感は薄れていきました。
本来なら、子どもの成長を感じる節目のはずなのに、気持ちはずっと追い立てられているようでした。

あの頃の自分に声をかけられるなら、
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
そう、そっと伝えてあげたい気がします。

説明会後に「これはいらなかった」と気づいた

決定打になったのは、入園説明会のあとでした。
園のホールで説明を聞き、最後に配られた資料に目を通したとき、思わず手が止まったのを覚えています。

そこに書かれていた内容は、私が事前に想像していたものと、少しずつズレていました。

「指定サイズが違う」
「この用品は園でまとめて配布される」
「これは園生活では使いません」

そんな項目が、思っていた以上に多くあったのです。

家に帰ってから、すでに準備したものを一つずつ思い返しました。
バッグ、袋類、細かい持ち物。
決して無駄遣いをしたつもりはなかったけれど、「説明会を待ってからでもよかったな」と感じるものが、確かにありました。

特にショックだったのは、「やらなくてもよかった準備」が、自分の中で“安心材料”になっていたことです。
早く用意したことで、ちゃんと向き合っているつもりになっていたけれど、実際には情報が揃っていなかっただけだったのかもしれません。

もちろん、すべてが無駄になったわけではありません。
使えるものもありましたし、買い直しが必要なほどではないケースもありました。
それでも、心に残ったのは金額よりも、「こんなに急がなくてもよかったのかもしれない」という気持ちでした。

説明会で全体像を知ってから準備を始めても、きっと間に合った。
むしろ、そのほうが迷いも少なく、落ち着いて選べたのではないか。
そんな考えが、じわじわと浮かんできました。

このとき初めて、「早く準備する=正解」ではないことを、実感として理解した気がします。
準備には、順番とタイミングがある。
それを飛ばしてしまうと、安心より先に、後悔が顔を出すこともあるのだと知りました。

もしまた同じ場面に戻れるなら、
「まずは説明を聞いてからでいい」
そう、自分に言ってあげたいです。

子どもの気持ちを置き去りにしていたかもしれない

準備に夢中になっていた頃、子どもはまだ「入園」という言葉を、はっきり理解していない様子でした。
園に行くこと、毎日同じ場所に通うこと、親と離れる時間があること。
大人にとっては現実的な出来事でも、子どもにとっては、まだぼんやりとした未来だったのだと思います。

それなのに、私だけが先に走っていました。
カレンダーを見て、持ち物を揃え、スケジュールを頭の中で組み立てて。
気づけば、「入園に向けて準備する私」と、「まだ実感のない子ども」という、少し距離のある状態になっていた気がします。

名前をつける作業も、服を選ぶ時間も、本当は一緒にできたかもしれません。
「これ、どれにする?」と聞いてみたり、
「このマーク、かわいいね」と話したり。
そうやって関わることで、子ども自身も少しずつ入園を実感できたはずです。

でも当時の私は、効率やスピードを優先していました。
「子どもに任せると時間がかかる」
「今は一気に終わらせたい」
そんな気持ちが先に立っていたと思います。

その結果、「入園って楽しみだね」と、ゆっくり話す余裕も減っていました。
子どもが感じている不安や期待に、耳を傾ける時間も、意識しないと作れなかったのです。

あとから振り返って思うのは、準備を早く終わらせることより、気持ちを一緒に整える時間のほうがずっと大切だったということです。
物は後からでも揃えられます。
でも、子どもの「初めて」に寄り添う時間は、そのときにしかありません。

もし今、過去の自分に戻れるなら、
「もう少しゆっくりでいいよ」
「一緒にやろう」
そう声をかけて、子どものペースに合わせて進めてみたい。

準備は、物だけじゃなく、心の準備でもある。
そう気づけたのは、少し遠回りをしたからこそだったのかもしれません。

「今すぐ必要かどうか」で分ける考え方

それ以来、行事の準備をするときは、必ず一つの基準を意識するようになりました。
それは、「今すぐ必要かどうか」で考えることです。

以前の私は、「いつか必要になるなら、早めにやっておこう」と、すべてを同じ箱に入れていました。
でもそれが、焦りや不安を増やしていた原因だったと、今では感じています。

そこで、準備することを次の三つに分けて考えるようになりました。

・今日やらないと困ること
・説明を聞いてから決めたほうがいいこと
・子どもと一緒に進めたいこと

この三つに分けるだけで、頭の中が驚くほど整理されました。

「今日やらないと困ること」は、期限が決まっているものだけ。
提出書類や、明確な締切があるものに絞ります。
それ以外は、無理に今やらなくてもいいと割り切りました。

「説明を聞いてから決めたほうがいいこと」は、園や学校の方針によって変わるもの。
サイズ指定や持ち物の詳細などは、情報が揃ってから動いたほうが、結果的にムダが少なくなります。

「子どもと一緒に進めたいこと」は、あえて時間をかける準備です。
服を選ぶ、名前をつける、通園バッグを触ってみる。
そうした時間は、効率よりも、気持ちを整えることを大切にしています。

この分け方を取り入れてから、準備のペースがぐっと落ち着きました。
「今日はここまででいい」と、自然に区切りがつくようになったのです。

全部を一気にやらなくていい
そう自分に許可を出せたことで、準備そのものに振り回される感覚が減りました。

行事の準備は、競争でもテストでもありません。
今の暮らしに合わせて、無理のない進め方を選んでいい。
この考え方が、私にとって大きな支えになっています。

早く準備したこと自体が失敗ではない

ここまで読むと、「早く準備したのがよくなかったのかな」と感じる方もいるかもしれません。
でも、誤解してほしくないのは、早く準備したこと自体がすべて間違いだったわけではない、ということです。

実際、事前に動いたからこそ気づけたことも、たくさんありました。
入園後の生活を想像したり、朝の流れを考えたり。
「ここは工夫が必要だな」「この時間帯は余裕を持とう」と、生活全体を見直すきっかけにもなりました。

もし何も考えずに直前を迎えていたら、それはそれで、別の不安が生まれていたと思います。
そういう意味では、準備そのものが無意味だったわけではありません。

ただ、あとから振り返って後悔として残ったのは、「早さ」そのものではなく、焦りに引っ張られて準備を進めていたことでした。
「ちゃんとしなきゃ」
「出遅れたくない」
そんな気持ちが、知らないうちに自分を追い立てていたのだと思います。

本来、準備は安心するためにあるはずです。
気持ちを落ち着かせ、先を見通すための行動のはずなのに、いつの間にか不安を増やす材料になっていました。

「あれも足りない気がする」
「まだ何か忘れているんじゃないか」

そう感じている時点で、準備の目的が少しズレていたのかもしれません。

準備は、心を軽くするためのもの
そう気づいてからは、「今の自分は安心できているかな?」と、時々立ち止まるようになりました。

早く動くことも、ゆっくり進めることも、どちらが正解というわけではありません。
大切なのは、そのスピードが、自分や家族にとって無理のないものかどうか。

準備をしていて、もし心が重たくなってきたら。
それは、「少しペースを落としてもいいよ」というサインなのかもしれません。

まとめ|準備は「早さ」より「ちょうどよさ」

行事の準備は、早ければ早いほど安心、というものではありません。
実際に経験してみて感じたのは、準備には家庭ごと、子どもごとに「ちょうどいいタイミング」があるということでした。

生活リズムも、家族構成も、子どもの性格も、それぞれ違います。
同じ行事でも、無理なく動ける時期は家庭によって違って当たり前です。
周りと比べて焦る必要はありません。

もし今、
「もう少し後でもいいかな」
「ちょっと急ぎすぎているかも」
そんな気持ちが心に浮かんでいるなら、その感覚をどうか無視しないでください。

それは、怠けているサインではなく、今の暮らしをちゃんと感じ取れているサインだと思います。
準備を急がなくても、愛情や大切に思う気持ちが減るわけではありません

今日すべてを終わらせなくても大丈夫です。
ひとつ終わらなくても、明日また続きがあります。
行事は一日でも、準備の時間はもっと長く取っていいのだと思います。

一度立ち止まって、
「今のわが家にとって、何が一番大切かな」
そう考える時間そのものが、もう立派な準備です。

物を揃えること、予定を立てることだけが準備ではありません。
気持ちを整えること、家族と話すこと、少し余白を残すこと。
それらもすべて、行事に向かう大切なプロセスです。

あなたの家庭に合ったペースで、無理のない行事準備ができますように。
その「ちょうどよさ」が、きっと後悔の少ない思い出につながっていくと、私は思います。