子どものためにと思って頑張ってきた行事。でもふとした瞬間に、「これって親の自己満足だったのかな」と感じたことはありませんか。私も、準備に時間をかけたのに子どもがあまり興味を示さなかったとき、正直かなり落ち込みました。せっかくやったのに意味がなかったのかと悩んだこともあります。

この記事では、そんなモヤモヤを抱えた私の体験をもとに、「行事は本当に自己満足なのか」「どう向き合えばいいのか」を、共働き家庭のリアルな目線でお伝えしていきます。読み終わるころには、少し気持ちが軽くなるはずです。

頑張った行事ほど「自己満足かも」と感じた瞬間

子どもの反応が薄かったとき

ある年の行事で、私はかなり力を入れて準備をしました。仕事の合間や夜の時間を使って、少しずつ飾りを作ったり、子どもが喜びそうな料理を考えたり。

「今年はちょっとちゃんとやってみようかな」

そんな気持ちで取り組んだ行事でした。

飾り付けも、料理も、できる範囲でしっかり整えたつもりでしたし、当日は「どんな反応してくれるかな」と、少しワクワクしながらその瞬間を待っていたんです。

でもいざ当日になると、子どもは思ったほど興味を示さず、飾りもちらっと見ただけで、いつも通りおもちゃで遊び始めてしまいました。

「え、あんなに準備したのに…?」

その瞬間、なんとも言えない気持ちになりました。頑張ったことを否定されたわけではないのに、どこか空回りしてしまったような感覚でした。

そのとき、ふと頭に浮かんだのが、「これって自己満足だったのかな」という言葉でした。

頑張った分だけ落ち込んでしまう

振り返ってみると、手をかけた分だけ、知らないうちに期待も大きくなっていたんだと思います。

・きっと喜んでくれる
・思い出に残るはず
・「楽しかった」と言ってくれるはず

そんなふうに、少し先の反応まで想像してしまっていたんですよね。

だからこそ、思っていたようなリアクションがなかったとき、そのギャップに一気に気持ちが沈んでしまいました。

本当は、子どもはただ「いつも通り」に過ごしていただけなのに、私はどこかで「特別な反応」を求めてしまっていたんだと思います。

そのあと、ふと冷静になって考えたときに、

「これって、子どものためというより、自分の理想を押しつけていただけなのかも」

そんなふうに感じてしまって、少し苦しくなったこともありました。

そして、「ここまで頑張る必要あったのかな」「やらなきゃよかったのかな」と、せっかくの行事なのに、後悔のような気持ちまで出てきてしまったんです。

でも今思えば、そのとき感じたモヤモヤはすごく自然なものでした。

「頑張った分だけ期待してしまうのは、親として当たり前のこと」なんですよね。

誰だって、自分の時間や気持ちを使った分、「ちゃんと届いてほしい」と思うものですし、それが子ども相手ならなおさらだと思います。

だからこそ、反応が薄かったときに落ち込んでしまうのも、無理のないことなんだと、今は少しやさしく受け止められるようになりました。

行事=子どものためという思い込み

「ちゃんとやるべき」というプレッシャー

SNSや周りの話を見ていると、どうしても「ちゃんとやらなきゃ」という気持ちになりますよね。

私も、他の家庭の行事の様子を見ては、

・手作りの飾りがすごい
・料理がとても華やか
・写真もきれいに残している

そんな場面に触れるたびに、「うちもこれくらいやったほうがいいのかな」と感じてしまうことがありました。

特に、子どもが小さいうちは「今しかない時期だから大事にしなきゃ」と思う気持ちも強くて、気づけば自分の中でハードルをどんどん上げてしまっていたんです。

本当は忙しい中でやりくりしているのに、「ちゃんとやれていない気がする」と感じてしまう。

誰かに言われたわけでもないのに、いつの間にかプレッシャーを感じていたんですよね。

そしてそのプレッシャーが、「やらなきゃ」という義務感に変わっていく感覚もありました。

でも本当に子どものためなのか

少し落ち着いて振り返ったときに、ふと疑問が浮かびました。

「これって本当に子どものためなのかな?」

もちろん、子どもに楽しい経験をさせたいという気持ちは本物です。

でもその中に、

・自分がやりたかった気持ち
・「ちゃんとしている親」でいたい気持ち
・周りと比べて安心したい気持ち

そんな思いが少し混ざっていたことにも気づいたんです。

それに気づいたとき、「自己満足」という言葉がすごく強く心に残りました。

なんだか、自分のやってきたことを否定されたような気持ちになってしまって。

でも同時に、「全部が子どものためじゃなくてもいいのかもしれない」と思えた瞬間でもありました。

「子どものため」と思っている行動の中に、親の気持ちが含まれているのは自然なことなんですよね。

むしろ、まったく親の気持ちが入っていない行事のほうが、どこか無理をしている状態なのかもしれません。

そう考えるようになってから、「ちゃんとやらなきゃ」という気持ちが少しずつゆるんできました。

全部を完璧にやろうとするのではなく、「できる範囲で関わればいい」と思えるようになったことで、行事との距離感も少しずつ変わっていった気がします。

それでも行事に意味はあると感じた理由

子どもは別の形で受け取っている

当日は反応が薄くて、「あれ、あまり楽しくなかったのかな」と感じてしまった行事でも、少し時間が経ってから思いがけない形で返ってくることがありました。

ある日、何気なく子どもがぽろっと言ったんです。

「この前のやつ楽しかったね」

その一言を聞いたとき、胸の奥がじんわり温かくなるような感覚がありました。

「あのとき、ちゃんと感じてくれてたんだ」

そう思えた瞬間でした。

当日はあまりリアクションがなくても、子どもなりに感じていたり、心の中で楽しんでいたりすることもあるんですよね。

子どもって、その場ですぐに言葉にするとは限らなくて、あとからふとしたタイミングで気持ちが出てくることも多いなと感じています。

だからこそ、「反応が薄かった=意味がなかった」と決めつけてしまうのは、少しもったいないのかもしれません。

記憶に残るのは「空気」や「時間」

行事のことを振り返る中で、私自身の子どもの頃の記憶も思い出してみました。

でも意外と、

・どんな飾りだったか
・どんな料理だったか

といった細かい内容は、あまり覚えていないんですよね。

その代わりに残っているのは、

・家族で笑っていたこと
・なんとなく楽しかった空気
・一緒に過ごした時間

そういった、ふんわりした感覚のほうでした。

きっと子どもにとっても同じで、

・完璧だったかどうか
・豪華だったかどうか

よりも、

・どんな気持ちで過ごしていたか
・安心していられたか

のほうが、ずっと大きく影響しているんだと思います。

そしてそれは、大人が思っている以上に、しっかり心の中に残っていくものなんですよね。

「やった内容」よりも「どんな空気の中で過ごしたか」が、子どもの記憶には残ると感じています。

そう考えるようになってから、「ちゃんとやらなきゃ」という気持ちが少しずつやわらいでいきました。

完璧じゃなくてもいいし、特別なことができなくてもいい。

その代わりに、

・一緒に笑えたか
・安心して過ごせたか

そういった部分を大切にしたいと思えるようになったんです。

行事の意味は、形や内容だけではなく、その時間の中にあるんだと、今は少しずつ思えるようになっています。

自己満足でもいいと思えた考え方

親が楽しんでいることも大切

行事を通して感じたのは、思っていた以上に「親の気持ち」が大事だということでした。

以前の私は、「子どもが楽しめるかどうか」ばかりを気にしていて、自分の気持ちは後回しにしていた気がします。

・ちゃんと準備しなきゃ
・喜ばせなきゃ
・思い出に残るようにしなきゃ

そんなふうに考えていると、どこか義務のようになってしまって、気づけば楽しむ余裕がなくなっていました。

でもあるとき、「自分が楽しいと思えているか」を少し意識してみたんです。

すると、不思議と変化がありました。

準備の段階から少しワクワクしたり、「これかわいいな」と思いながら飾りを選んだり。そうやって自分の気持ちが動いていると、自然と表情もやわらかくなるんですよね。

そしてその空気は、ちゃんと子どもにも伝わっていました。

・私が笑っていると、子どもも楽しそうにする
・ちょっとしたことでも一緒に笑える

そんな場面が増えた気がします。

親が楽しんでいることそのものが、行事の価値になると感じた瞬間でした。

「全部が子どものため」でなくてもいい

それまでは、「行事=子どものためにやるもの」という考えが強かったのですが、その考え方も少しずつ変わっていきました。

もちろん、子どもに楽しい時間を過ごしてほしいという気持ちは大切です。

でもそれと同じくらい、

・親が楽しむこと
・家族で雰囲気を味わうこと

も、大事にしていいんだと思えるようになりました。

たとえば、完璧な飾り付けができなくてもいいし、料理も手を抜く日があってもいい。

「今日はちょっとだけそれっぽくしようかな」くらいの気持ちでも、十分行事の時間になるんですよね。

そう考えるようになってから、「やらなきゃ」という重さが減って、行事との向き合い方がぐっとラクになりました。

以前は、「ちゃんとできているか」を基準にしていたのが、今は「心地よく過ごせたか」を基準にするようになっています。

行事を特別なイベントとして気負うのではなく、日常の延長としてゆるく取り入れる。

そのくらいの距離感のほうが、結果的に家族にとっても心地いい時間になると感じています。

無理をしない関わり方に変えて感じた変化

完璧をやめたら気持ちが軽くなった

以前の私は、「せっかくやるならちゃんとやらなきゃ」と思いすぎていました。

・中途半端にするくらいならやらないほうがいい
・どうせやるならしっかり準備したい

そんなふうに考えていたので、行事のたびに自分でハードルを上げてしまっていたんですよね。

でもあるとき、「そもそもそんなに頑張り続けられるのかな」とふと思いました。

仕事もあって、家のこともあって、毎回しっかり準備するのは正直しんどい。そう感じていたのに、どこかで無理をしていたんだと思います。

そこで思い切って、

・できる範囲でやる
・余裕がなければやらない

という考え方に変えてみました。

最初は少し不安もありましたが、やってみると驚くほど気持ちがラクになったんです。

「ちゃんとやらなきゃ」と思っていたときは、行事が近づくたびにプレッシャーを感じていたのに、今は「できたらやろうかな」くらいの軽さで向き合えるようになりました。

その結果、行事そのものへのハードルがぐっと下がって、「やること」自体が苦ではなくなっていったんです。

家庭の空気が穏やかになった

無理をしないようにしてから、一番大きく変わったと感じたのは、家庭の空気でした。

以前は、

・準備に追われてイライラする
・余裕がなくなって口調がきつくなる

そんな自分に気づくこともありました。

「子どものためにやっているはずなのに、なんでこんなに余裕がないんだろう」

そう思ってしまうこともあったんです。

でも、頑張りすぎるのをやめてからは、

・気持ちにゆとりができる
・ちょっとしたことでも笑える

そんな時間が増えていきました。

子どもとの関わり方も変わってきて、

・自然に会話が増える
・一緒に過ごす時間が穏やかになる

と感じることが多くなりました。

無理をしていたときは、「行事を成功させること」に意識が向いていたのに、今は「一緒に過ごす時間そのもの」を大切にできるようになった気がします。

そして何より強く感じたのは、

親の余裕が、そのまま家庭の空気になるということでした。

行事を頑張ることよりも、家族が穏やかに過ごせることのほうが、ずっと大事なんだと気づけたのは、大きな変化だったと思います。

今は、「完璧にやること」ではなく、「心地よく過ごせること」を基準に、行事と向き合えるようになりました。

それでも迷うときの考え方

来年も続けられるかで考える

頭では「無理しなくていい」と分かっていても、いざ行事が近づくと迷ってしまうことってありますよね。

・やったほうがいいのかな
・やらなかったら後悔するかな

そんなふうに、その場の気持ちで揺れてしまうこともあると思います。

私も以前は、「今年くらいは頑張ろう」と思って無理をして、そのあとで疲れてしまう…ということがよくありました。

でもあるとき、「これ、毎年続けるとしたらどうだろう」と考えてみたんです。

すると見え方が変わりました。

・来年も同じようにできるか
・無理なく続けられるか

この視点で考えると、「今年だけ頑張る」という選択が、あとから自分を苦しくすることにも気づいたんですよね。

一度だけならできることでも、それが毎年続くとなると負担は大きくなります。

だからこそ、「今できるかどうか」だけでなく、「続けられるかどうか」で考えるようにしました。

その場の理想よりも、「来年の自分」が無理しない選択をすることが大切だと感じています。

この考え方を取り入れてから、判断がとてもシンプルになりました。

迷ったときに立ち返れる軸があるだけで、気持ちのブレが少なくなったんです。

「どう関わるか」を選べばいい

行事というと、どうしても「やるかやらないか」の二択で考えてしまいがちですよね。

でも実際には、その間にいろんな選択肢があります。

・全部やらなくても、一部だけ取り入れる
・飾りや料理を簡単にする
・当日は無理でも別の日に少し楽しむ

こうして「関わり方」を調整するだけで、ぐっとラクになることが多いと感じています。

私自身も、

・忙しい年は簡単に済ませる
・余裕がある年だけ少し頑張る

そんなふうに、年ごとに変えるようになりました。

それでも十分に「行事の時間」は作れていますし、むしろ無理がない分、気持ちよく過ごせるようになりました。

大切なのは、「ちゃんとやること」ではなく、

・自分たちに合っているか
・心地よく過ごせるか

という視点なんですよね。

行事との関係は固定されたものではなく、そのときの生活や気持ちに合わせて変えていいものです。

無理に型にはめるのではなく、自分たちなりの距離感で関わっていく。

そう考えられるようになってから、行事に対する気持ちはぐっとラクになりました。

まとめ|自分たちに合う行事の形を選ぼう

「行事は親の自己満足だったのか」と悩んだ経験は、決して無駄ではありませんでした。むしろその悩みがあったからこそ、我が家にとってちょうどいい関わり方を見つけることができたと思っています。

行事に正解はありません。しっかりやる家庭もあれば、ゆるく楽しむ家庭、あまりやらない家庭もあります。それぞれの生活や価値観に合っていれば、それが正解なんですよね。

大切なのは、無理なく続けられるか、そして家族が穏やかに過ごせるかどうかです。頑張りすぎて余裕がなくなるよりも、少し肩の力を抜いて関わるほうが、結果的にいい時間になることもあります。

これからの行事は、「ちゃんとやる」よりも「自分たちらしく関わる」ことを意識してみてください。きっと気持ちがぐっとラクになります。