仕事と育児を両立していると、学校行事のたびに「うちって不利だな」と感じることはありませんか。平日の参観日や急な呼び出し、役員の集まりなど、どうしても仕事との両立が難しい場面は多いですよね。私自身も、参加できないことへの申し訳なさや、周りとの差にモヤモヤすることが何度もありました。

でも最近は、「不利さ」をそのまま抱え込むのではなく、少し視点を変えることで気持ちがラクになってきました。この記事では、共働き家庭が感じやすい不利さの正体と、無理なく向き合うための考え方をお伝えします。

共働き家庭が感じる「不利さ」の正体

共働きであること自体が悪いわけではないのに、学校行事の場面ではどうしても「不利」に感じてしまうことがあります。
私自身も最初は、「うまくやれていないのは自分のせいかも」と思ってしまうことがありました。でも振り返ってみると、それは個人の問題というよりも、仕組みや前提とのズレが大きいと感じています。

平日開催が前提になっている

多くの学校行事は、平日の日中に設定されています。

・参観日
・懇談会
・行事の準備

こうした予定は、仕事をしていると簡単には動かせません。
有給を取れば参加できることもありますが、それも毎回となると現実的ではないですよね。

私も一度、「どうにか参加したい」と思って無理に予定を調整したことがあります。
でもその後、仕事が立て込んでしまい、帰宅後はぐったりしてしまいました。

そのときに感じたのは、「参加すること自体が負担になってしまうなら、それは本来の意味とは少し違うのかもしれない」ということでした。

さらに、

・急な日程変更に対応しづらい
・兄弟がいるとスケジュールが重なる
・職場への気遣いが必要になる

といった現実もあります。
こうした積み重ねが、「自分だけがうまく動けていない」という感覚につながりやすいと感じました。

参加できないことへの罪悪感

行けないと分かっているのに、どこかで罪悪感を感じてしまうこともあります。

「他の親は来ているのに…」
「子どもは寂しく思っていないかな」

そんなふうに考えてしまうこと、ありますよね。

私も、行けなかった日の夜に「本当は行きたかったな」と何度も思い返したことがあります。
でも実際には、子どもは思った以上にあっさりしていて、

「今日はこんなことしたよ!」
と、楽しそうに話してくれることが多かったんです。

その姿を見て、少し肩の力が抜けました。

もちろん、行けるなら行きたい気持ちはあります。
でも同時に、「行けなかった=子どもにとってマイナス」と決めつけすぎなくてもいいのかもしれないと感じるようになりました。

むしろ、

・帰宅後にしっかり話を聞く
・気持ちを受け止める
・一緒に振り返る

こうした関わりのほうが、子どもにとっては印象に残っていることもあるんですよね。

それでも、「行けなかったこと」が気になってしまうのは自然なことです。
だからこそ、その気持ちを否定せずに、「できる形で関わっている自分」にも目を向けてあげることが大切だと感じています。

周りと比べてしまうと苦しくなる理由

学校行事は、どうしても他の家庭の様子が目に入りやすい場面です。
普段は見えない「親同士の関わり方」や「家庭ごとのスタイル」が一気に見えるからこそ、無意識のうちに比べてしまうこともありますよね。

私も参観日や行事のたびに、「みんなちゃんとやれているな」と感じてしまい、自分との違いにモヤモヤすることがありました。

見えているのは一部だけ

参観日に行くと、

・毎回参加している家庭
・積極的に関わっている親

が自然と目に入ります。

特に、何度も顔を合わせる方ほど印象に残りやすく、「あの人はいつも来ているな」と感じやすいですよね。

でも実際は、その裏でどんな調整をしているのかまでは見えません。
私も一度、毎回参加している方に話を聞いたことがありますが、

「仕事を前倒ししてる」
「その分、後でかなり大変になる」

といった苦労を教えてくれました。

そのときに初めて、「見えている姿がすべてじゃないんだ」と実感しました。

さらに言えば、

・たまたまその日だけ来られた
・家族で役割分担している
・普段は無理をしている

など、背景は本当にさまざまです。

見えている“結果”だけで比べてしまうと、本当の大変さや状況を見落としてしまい、自分だけができていないように感じやすくなります。

だからこそ、「見えているのは一部だけ」と意識するだけでも、気持ちは少しラクになると感じました。

家庭ごとの事情は違って当たり前

学校行事は同じ場所・同じ時間で行われますが、そこに参加する家庭の状況はまったく同じではありません。

・仕事の形態(フルタイム・パート・在宅など)
・通勤時間の長さ
・祖父母などのサポートの有無

こうした違いがある以上、同じように動けないのは自然なことです。

それでも、

「みんなできているのに」
「うちだけできていないのでは」

と感じてしまうこと、ありますよね。

私も以前は、「どうにか同じようにしなきゃ」と思って、無理に予定を詰め込んだことがありました。
でもその結果、

・家の中がバタバタする
・余裕がなくなる
・子どもにイライラしてしまう

という本末転倒な状態になってしまったこともあります。

その経験から、「同じようにやること」よりも、「自分たちに合っているか」を大切にしたいと思うようになりました。

家庭ごとに、

・大切にしたいこと
・優先順位
・できる範囲

は違っていて当然です。

同じ形に合わせようとするほど苦しくなるので、
「違っていて当たり前」と受け止めることが、結果的にいちばんラクな選択につながると感じています。

実際に感じた「不利さ」の体験談

ここでは、私が実際に感じた場面をお話しします。
頭では「仕方ない」と分かっていても、いざその場面になると気持ちが揺れることは多いですよね。私も何度も、迷ったり落ち込んだりしながら、少しずつ考え方が変わっていきました。

参観日に行けなかった日のこと

仕事の都合で、どうしても参観日に行けなかったことがありました。

その日は朝からずっと気になっていて、
「今ごろ何してるかな」
「ちゃんとやれてるかな」
と、仕事中もふと考えてしまっていました。

周りの同僚が普通に働いている中で、自分だけ別のことで気を取られている感覚もあり、「やっぱり行けなかったのはよくなかったかな」と、どこか落ち着かない気持ちで一日を過ごしていました。

帰宅後、少しドキドキしながら子どもに聞くと、

「今日はね、こんなことしたよ!」
「先生がね、こんなお話してくれた!」

と、いつも以上に楽しそうに話してくれたんです。

その様子を見て、「あれ、思っていたより大丈夫かも」と感じたのを覚えています。

もちろん、行けたらよかったという気持ちはありました。
でも同時に、「その場にいなかった=何もできていない」わけではないんだなと、少し考え方が変わりました。

むしろ、

・帰ってきてからしっかり話を聞くこと
・子どもの気持ちに寄り添うこと

のほうが、子どもにとっては印象に残っているのかもしれないと感じました。

「その場にいることだけが関わり方ではない」と気づけたのは、この経験があったからだと思います。

役員や当番の調整が難しい

役員や当番の話になると、

・時間が合わない
・急な対応ができない

という壁にぶつかります。

案内を見たときに、「できるならやりたいな」と思うこともありました。
でも実際にスケジュールを考えると、

・平日の昼間に動けない
・急な呼び出しに対応できない
・職場に迷惑がかかる可能性がある

といった現実があり、断念せざるを得ないことも多かったです。

そのたびに、

「やらないのではなく、できないだけなのに…」
と、少しモヤモヤした気持ちが残ることもありました。

一度、無理をして引き受けようとしたこともありますが、
結局スケジュール調整が難しくなり、周りに迷惑をかけてしまいそうになってしまいました。

その経験から、「やれるかどうか」を冷静に考えるようになりました。

そのときに感じたのは、「不利」というよりも「仕組みとのズレ」だった気がします。

学校側の運営は、どうしても平日ベースになりやすく、
そこに共働きの生活リズムをそのまま当てはめるのは難しい部分があります。

だからこそ、
「できないことを無理に埋めようとするのではなく、できる関わり方を選ぶことが大切」だと感じるようになりました。

すべてに関わることはできなくても、

・できる範囲で協力する
・別の形で関わる

そんなスタンスでも、十分だと思えるようになったことで、気持ちはかなりラクになりました。

不利さをそのまま抱え込まない考え方

感じる不利さをゼロにするのは難しいですが、向き合い方は変えられます。
「どうにもならない」と思っていたことでも、視点を少し変えるだけで、気持ちの重さがやわらぐことがあります。

私も最初は、「できていないこと」ばかりに目が向いてしまい、どんどん苦しくなっていました。
でもあるときから、「どう関わるか」を考えるようになって、少しずつラクになっていきました。

「できないこと」に目を向けすぎない

参加できなかったことばかりを考えていると、気持ちはどんどん沈んでしまいます。

「行けなかった」
「関われなかった」

そんなふうに振り返るたびに、自分を責めてしまうこともありますよね。

でも実際には、

・帰ってから話を聞いている
・連絡帳やおたよりで様子を知っている
・写真や動画で共有してもらっている

など、見えにくい形でもちゃんと関わっていることが多いです。

私も以前は、「その場にいないと意味がない」と思い込んでいました。
でも子どもと話していると、「聞いてくれること」や「一緒に振り返ること」のほうが、意外と大切だったりするんですよね。

たとえば、

「それ楽しかった?」
「どんなことしたの?」

と聞くだけでも、子どもは嬉しそうに話してくれます。

そうした時間を重ねる中で、「関われていないわけじゃない」と思えるようになりました。

「できなかったこと」ではなく「できている関わり」に目を向けるだけで、気持ちはぐっと軽くなります。

関わり方を柔軟に考える

行事との関わり方は、「参加する・しない」の二択ではありません。

・最初だけ顔を出す
・後日、話をしっかり聞く
・写真や動画で一緒に振り返る
・無理なときは思い切って任せる

こうした関わり方でも、十分だと思っています。

私も以前は、「行くならちゃんと行かなきゃ」と思っていました。
でもその考え方だと、行けないときの落ち込みが大きくなってしまいます。

あるときから、

「全部じゃなくていい」
「できる範囲でいい」

と考えるようにしたことで、気持ちがかなりラクになりました。

また、「行事=その場で見るもの」という固定観念も少しずつ変わっていきました。

・帰宅後にゆっくり話を聞く時間
・その日の出来事を一緒に振り返る時間

こうした時間も、立派な関わり方の一つだと感じています。

「どう関わるか」を自分で選べるようになると、“不利さ”は“工夫できる余白”に変わっていきます。

無理に埋めようとするのではなく、自分たちなりの関わり方を見つけていくこと。
それが、長く続けていくうえでいちばん大切だと感じています。

家庭の空気を優先するという選択

行事に無理をして参加することで、余裕がなくなってしまうこともあります。
「行かなきゃ」という気持ちが強いほど、その後に疲れやストレスが残ってしまうこともありますよね。

私も以前は、「できるだけ参加したい」と思って無理をすることがありました。
でもそのあとに感じたのは、達成感よりも「余裕のなさ」でした。

その経験から、「何をするか」だけでなく、「どんな状態でいるか」も大切にしたいと思うようになりました。

親の余裕が子どもに伝わる

無理をすると、

・イライラする
・疲れが残る

そんな状態になりやすいですよね。

行事そのものは楽しかったはずなのに、帰宅後に余裕がなくなってしまい、

「早くして」
「なんで今それやるの?」

と、つい強い口調になってしまったこともありました。

そのときに感じたのは、「行事はうまくいったのに、家の空気はあまりよくないな」という違和感でした。

逆に、無理をせずに過ごせた日は、

・子どもの話をゆっくり聞ける
・笑いながら会話ができる
・ちょっとしたことでも受け止められる

といった時間が自然と増えていきました。

子どもは、行事の出来そのものよりも、

・どんな表情で話を聞いてくれたか
・どんな空気で過ごしていたか

をしっかり感じ取っているように思います。

親の余裕は、そのまま家庭の空気になり、子どもに伝わっていくものだと実感しています。

行事よりも日常の時間のほうが長い

行事は特別な時間ですが、日常のほうが圧倒的に長いです。

1年の中で見れば、

・参観日や発表会は数回
・普段の生活は毎日

ですよね。

だからこそ、

・家族で穏やかに過ごせること
・安心できる空気

のほうが、子どもにとっては大きな影響があると感じています。

以前は、「行事をしっかりやること」が大切だと思っていました。
でも今は、

・日々の会話
・一緒に過ごす時間
・何気ないやり取り

こうした積み重ねのほうが、ずっと大事だと感じています。

行事はあくまで、その中の一部です。

だからこそ、

「全部頑張る」ではなく
「できる範囲で取り入れる」

くらいが、ちょうどいいのかもしれません。

家庭の空気を優先するという選択は、決して手を抜くことではなく、
「長く心地よく続けていくための選び方」だと、私は感じています。

それでも迷うときの判断基準

頭では分かっていても、迷うことはありますよね。
「今回はどうしよう」と考えるたびに、気持ちが揺れてしまうこと、私も何度もありました。

そんなときに大切だと感じているのは、その場の気持ちだけで決めるのではなく、「少し先まで見て考えること」です。
それだけで、選択がぐっとラクになることがあります。

来年も続けられるかで考える

一度だけなら頑張れることでも、毎年となると負担になります。

たとえば、

・仕事を無理に調整して参加する
・体調や予定を後回しにする

こうした対応は、1回ならなんとかできるかもしれません。
でも、それが毎年続くとしたらどうでしょうか。

・来年も同じようにできるか
・無理なく続けられるか

と考えてみると、「ちょっと厳しいかも」と感じることもありますよね。

私も以前は、「今回は頑張ろう」と思って無理をすることがありました。
でもそのあとに、「これを毎年は続けられないな」と感じることが何度もありました。

そこで、「今できるか」だけでなく、「これからも続けられるか」を基準にするようにしたんです。

すると、

・最初から無理をしすぎない選択ができる
・自分に合った関わり方を選びやすくなる

と感じるようになりました。

「来年も同じようにできるか」という視点を持つだけで、無理のない選択が自然と見えてきます。

「正しさ」より「続けやすさ」を選ぶ

周りに合わせることが正解とは限りません。

学校行事では特に、

「こうするのが普通」
「みんなやっている」

という空気を感じることもありますよね。

でも実際には、

・家庭ごとの状況
・仕事の都合
・体力や余裕

はそれぞれ違います。

それなのに「正しそうな形」に合わせようとすると、どうしても無理が出てしまいます。

私も一時期、「ちゃんとやらなきゃ」と思いすぎて、疲れてしまったことがありました。
その経験から、「正しさ」よりも「続けやすさ」を大切にしたいと思うようになりました。

具体的には、

・無理なくできるか
・気持ちがラクか
・家の中のバランスが崩れないか

こうした視点で選ぶようにしています。

すると、不思議と迷う回数が減っていきました。

また、「これでいい」と思える選択ができるようになると、行事そのものへの気持ちも少しずつ前向きになっていきます。

「続けられる形こそが、その家庭にとっての正解」だと私は感じています。

完璧を目指すのではなく、長く続けられる形を選ぶこと。
それが、結果的に家族にとって一番心地いい関わり方につながっていくと思っています。

まとめ|自分たちに合った関わり方を選ぼう

共働き家庭が学校行事で不利さを感じるのは、とても自然なことだと思います。
でもその不利さは、「できていない自分」を責める理由にはなりません。

・すべてに参加しなくてもいい
・関わり方は一つじゃない
・家庭ごとの形があっていい

そう考えるようになってから、気持ちはぐっとラクになりました。

大切なのは、「どれだけ参加できたか」ではなく、
「どんな気持ちで子どもと関われているか」だと思っています。

無理をするのではなく、自分たちに合った形を選ぶこと。
それが結果的に、子どもにとっても安心できる環境につながっていくはずです。